願わくは、雨にくちづけ
茶会も終盤になり、八神夫人がおみやげを配り始めた。
「いつものクロワッサンよ。今日もお渡しできてよかったわ」
「八神さんに伺って、先日私も買いに行ったんですよ。でも、もう売り切れで」
立花にも渡されたそれは〝mon ange(モナンジュ)〟という店名のもの。
シンプルな紙袋に店名が入っていて、茶会に顔を出すようになってから幾度ももらってきた。
八神夫人によると、あらゆる店のクロワッサンを食べてきたけれど、格別だと評価していた。
立花もそれには同意で、大手では作れない手作り感とこだわりを感じると思っていた。
(伊鈴に食べさせたいけど、今日は会えないだろうな……)
昨日の今日では、さすがに予定が合わないと諦めつつ、立花は座敷を出た。
「八神さん、今日もお誘いをありがとうございました」
「こちらこそ忙しいのにありがとうございます。ところで、今度代官山のクロワッサンのお店にご一緒しません?」
「ええ、喜んで。ご案内いただけますか?」
(これも仕事のうちだ)
立花は草履を履いて歩き出した八神夫人の手を取って、にっこりと微笑みながら誘いを快諾した。