願わくは、雨にくちづけ
「通知を送ったら、社にわざわざ来たんだ。で、話したけど交渉決裂。回答期限がほしいって言われて、了承したら、翌日から毎日パンを届けに来てさ」
「回答期限はいつ?」
「今夜まで。だから、10日間、ありがたくいただいたよ」
(10日間も!?)
立花は、松岡と紹介された店主の気持ちを考えたら、居たたまれなくなった。
なんとかして樹の考えが変わらないかと必死だったに違いない。歴史が浅かろうと、店主の思い入れというものについては、誰よりもわかっているつもりだからだ。
「食べて、なにも思わなかったか? クロワッサン、美味しかっただろ?」
「……うまかったよ。どこの店よりも。だからって、俺ひとりで変えられるようなことじゃない」
「なにもしないで諦めるなんて、樹らしくないな」
父や周りの役員の意見を動かすのは、容易くない。でも、変えられるのも樹しかいないのだ。
それから1時間ほどかけて樹を説得したが、いい返事は聞けなかった。
だけど、帰りがけに見えた彼の荷物に、mon angeの紙袋があった。おそらく今日の分のパンを持って帰ってきたのだろう。
(きっと、樹なら――)
立花は希望を持って、家路に着いた。