願わくは、雨にくちづけ

 ――四月中旬の金曜。新緑や花々の息吹が通りを染め、銀座の街に清々しさをもたらしている。


「いらっしゃいませ」

 立花本店の店頭には、春に降る細雨のような養老鮫模様の、空色の小紋を着た伊鈴が立っていて、来店客をもてなしている。
 ご贔屓筋の八神の応対をしている立花は、若緑色の袷を着ていて爽やかだ。


 昼になり、ふたりは近くの鮨店で食事を取ることにした。
 いつの間にか小雨が降り始めていたので、立花は先に軒から出て鉄紺色の番傘を広げて伊鈴を迎える。


「足元、気を付けて。ゆっくり行こう」
「はい」

 一張の番傘の中、立花は彼女の背中にそっと手を添え、エスコートする。
 銀座の街を行き交う人々も傘を差しはじめ、彼は伊鈴が濡れないようにと気を配って歩みを進めた。

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