願わくは、雨にくちづけ

「どうしたんですか? 十河さんがため息なんて」
「わっ」

 パソコンに向かい、ほんの少しの間ぼんやりしていただけ。
 それなのに、隣から新井がひょこっと目の前に顔を覗かせたので、伊鈴は驚いた。


「どうもしないけど?」
「本当ですか? 眉間に皺作っちゃって」

 指摘されて、右手で額ごと隠すと、新井がやんちゃな笑顔を浮かべた。


「悩み事なら、今夜聞きますよ」
「いいわよ。そんなものないから」

 キリッとした口調で言い返すと、新井はわざと肩を竦めてから戻っていく。

(こんな悩み、話せるわけないじゃない。唯一話せたのは、出会った日の煌さんだけだったんだから……)

「あっ!」

 今夜のことを立花に連絡しておかなくては、と思い出した勢いで、つい声が出てしまい、今度は伊鈴が肩を竦めた。


 無事に取引先にも連絡を入れ終えた頃、アシスタントの派遣社員が先に終業時間を迎えた。
 17時半を回り、ひと息入れようと給湯室に向かう。

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