願わくは、雨にくちづけ
【煌さん、お疲れ様です。今夜、まっすぐ帰る予定だったんですけど、同僚たちと飲みに出ることになりました】
(これでよし、と)
立花は、束縛はしないタイプだ。
会社の飲みの席で帰宅が遅くなっても、特に咎めることなく、無事に帰った連絡さえ入れれば文句も言われない。
デートをしている時の独占欲の強さと、別々に過ごしている時の緩さの加減が絶妙で、伊鈴にとって彼との交際は居心地がいい。
コーヒーをタンブラーに淹れて自席へ戻り、作成途中で保存していた資料に手をつけた。
18時過ぎに席を立ち、営業部を出る。
エレベーターを待っていると、少し遅れて新井もやってきた。
どうやら他部署に寄っていたようで、クリアファイルをバッグにしまっている。
「お疲れ様。主賓は遅刻厳禁だよ?」
「大丈夫ですよ、5分も歩けば着きますし。辛口の例の先輩にはちょっと寄るところがあるって言っておいたので」
(さすが抜かりないな)
誰が聞いているとも知れないので、咄嗟に名前を伏せて話すあたりも器用だ。
伊鈴も不器用な方ではないとは思うが、他人の要領の良さを羨ましく思うことは多々ある。