願わくは、雨にくちづけ

 メニューから、新井に視線を移す。
 いつも機嫌のよさそうな新井は消え失せ、すっかり男の顔になって伊鈴を見つめる彼と目が合った。


「なんか、すげームカつく」
「えっ……あのっ」
「俺、1杯目ビールで。甲殻類アレルギーなので、それ以外ならなんでも食べます。十河さんが食べたいものにしてください」

 ボソっと呟かれたひと言が、衝撃的だった。

(どうして新井くんがムッとするの?)

 突然のことに、伊鈴は驚きを隠せない。
 だけど、同僚たちに気づかれないようにしようと、すぐに平常心を取り戻そうと努めた。


 最初は、全員で仕事の話題で盛り上がっていたが、だんだん近くに座る者同士に別れて話すようになった。


「昨日のドラマ、見ました? 花屋のミステリーのやつ」
「あぁ! 見た見た。毎週見てる」

 新井が振った話題に、他の2人も食いついた。
 だけど、伊鈴はあまりテレビを見ることはなく、BGM代わりにしているようなところがある。
 それに、昨日は立花とデートをしていて、彼の家で月見酒を楽しみ、人には話せないような時間を過ごしてきたのだ。

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