願わくは、雨にくちづけ
南麻布の立花邸に着き、さらに強くなった雨脚から逃れるように入った。
立花も仕事帰りだったため、着物姿のまま。しかし、少し歩いただけで足袋が濡れたので、すぐに脱いでから室内に上がる。
「今日の着物も素敵ですね」
「栗皮茶色っていうんだ。秋らしくていいでしょ? ちょっとリビングで待ってて。着替えてくる」
何度も来ているので、勝手は分かっている。
付き合ってから間もなく、気を使わずに自分の家のように過ごしていいと言われ、慣れるまでにしばらくかかったけれど、居心地の良さは格別だ。
だけど、今夜ほど緊張する日はなかったと思う。
ソファに座り、階段を上っていく立花の足音を聞きながら、さっきのことをどう説明しようかと悩む。
(煌さんは優しいから、声を荒らげて怒ったりはしないだろうけど……)
自分のせいではないと言いたいけれど、後輩にあんなふうにつけこまれるような隙を作ったのは自分なのだ。
(こんなんじゃ、煌さんのプロポーズにいい返事なんてできるわけない)
伊鈴がますます気落ちしていると、赤と黒のチェック柄のネルシャツを白いTシャツに羽織った立花が戻ってきた。