願わくは、雨にくちづけ
ふたりは、銀座の裏通りにある高級鮨店にやってきた。
1年前、失恋して泣き崩れた伊鈴を気遣って、立花が連れてきた店は、今日も変わらずに厳かな佇まいを保っている。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。立花さんがスーツなんて珍しいですね」
「たまにはいいかと思いまして。カウンター席でお願いします」
出迎えた女将も、立花のスーツ姿が意外だったようだ。
「なんだか、いろいろ思い出しますね」
「そうだなぁ」
あの日と同じ席に通され、おしぼりで手を拭いてから日本茶で潤す。
「私、あの時、煌さんに怒られるんだとばかり思ってたんですよ」
「そうそう、すごく緊張してたよな」
「するに決まってるじゃないですか。突然、こんな素敵なお店に連れてこられたんですよ?」
「あははは」
(懐かしいなぁ。あの時は、伊鈴が泣いているのがどうしてなのかわからなくて、とりあえず腹いっぱいに美味いものを食べさせようと思ったんだよなぁ)
立花も、1年前の夜を思い出す。
鮨店を出てからも結局放っておけなくて、雨の中引き留めたのだ。