氷室の眠り姫
「通常まで戻ったとはいえ、目覚めるのにどれだけかかるかはっきりしない。それでも、か?」
「当然です」
キッパリと言い切る流に柊は真剣な面持ちのまま頷いて、続けた。
「お前は家業を継ぐつもりなのか?」
「……?いえ。兄がおりますから、俺は何かしら手伝うことはあると思いますが、基本デザインを請け負う仕事をするつもりです」
「紗葉との将来はどう考えている?」
「…こうなる前は漠然と一緒になれるといいな、と思っていました」
柊からの質問攻めに不快感を見せることなく、流は真剣な表情を崩すことなく淡々と答えた。
「…今は紗葉が許してくれたら、いえ、許してくれなくても、一緒になります」
「いや、そこは許しを得ろよ」
思わず樹が突っ込むが、柊は満足そうに頷いた。
「今の紗葉ではそのくらいでないと無理だろう。できる協力は惜しまない」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げる流を見て柊は嬉しそうに、樹は少し複雑そうに微笑んだ。
「とにかく、紗葉はいつ目覚めるか分からない状況だ。お前はどうしたい?」
「俺の仕事は基本的にどこでもできるものですから、お許しがいただけるなら紗葉が目覚めまで傍にいたいと思います」
「そうか。客間に滞在することを許可しよう。ただし、紗葉の意思に逆らうんだ。紗葉が目覚めた時に文句を言われることは覚悟しておけよ」
「…っていうか、一発くらいは殴られる覚悟をしといた方がいいと思うぞ」
柊に加えて樹からの忠告に、流は苦笑いを浮かべるしかなかった。
数日後、変わらず眠る紗葉の傍にはスケッチブックに筆を走らせる流の姿があった。
流が描いているのは指輪のデザイン画。
柔らかいラインの指輪の中央にあるのは永遠を意味するダイヤモンド。
他の誰でもない、愛する紗葉に贈る為のデザイン。
「ここに誕生石をつけるのもアリだろうけど、これはシンプルな方が紗葉に似合うだろうな」
流は紗葉の白魚のような薬指にそっと触れた。
「少し、細くなった…か?」
紗葉が後宮に上がる前よりも確実に細くなっている指に、流の眉が寄った。
「…苦労したんだろう、な」
主上とその正室である爽子が後ろ楯になったとはいえ、最初からではなかったであろうし、あったとしても嫉妬の対象になったはずだ。
「これからは、俺が護る。だから早く目を覚ませ」
薬指にそっと口付けると、流はデザイン画を仕上げるべく、再び筆を走らせた。