氷室の眠り姫


紗葉の眠る部屋で流が仕事をしている横で風音が花を飾っていた時だった。

「………なが……れ」

普通なら聞きそびれるだろう小さな声。

けれどその時、部屋に響いていたのは流がカリカリとスケッチブックにデザインを描いている最中だった為、二人の耳にそれが届いた。

「さ…よ?」

流と風音の視線が一気に紗葉に向いた。


変わらず横たわったままの紗葉だったが、閉じていた眼がスッと開いた。

「紗葉!」

「紗葉様!」

二人は急いで枕元に駆け寄るが、紗葉の視線は定まらない。

「風音、急いで柊様と先生を!」

「はい!樹様にも遣いを出します!」

仕事の為に屋敷にいない樹のことも気にかけつつ、風音は慌ただしく部屋を後にした。

流はそれを気にする余裕もなく、紗葉の手を握り名前を呼び掛けた。

「紗葉…紗葉、俺のことが分かるか?」

揺らぐ視線が流の声に反応して顔がゆっくり動いた。

「…なが、れ?」

紗葉の瞳に己の姿がしっかり映ったのに気付いて流の目から涙が零れ落ちた。

「紗葉、紗葉……」

握る手の力が更に強まるが、紗葉はそれを気にすることなく、流と同じように涙を流した。

「流…ごめん、なさい…」

「違う、謝らないといけないのは俺だ」

「そんなこと、ない。貴方を、傷付けることになる、って分かってたのに、何も話さずに貴方の前から姿を、消した私が……」

流は途切れ途切れではあるものの、必死に言葉を紡ぐ紗葉に愛しさを感じずにはいられなかった。

まだ動けないのを承知の上で、紗葉の体をそっと起こして抱き締めた。

「話してほしかった、とは今でも思ってる。でも、紗葉が葛藤して、苦しんで決めたことだと今は知ってる」

紗葉が流の背中にしがみつくように手を回したことに気付いて、流は抱き締める力を強めた。

「俺の方こそ、ひどいことを言った、紗葉に気付かなかった」

「……ううん、気付かなくて当たり前、だよ。あそこまで力を使ったこと、私も初めてだったし」

力を抜いて完全に自分に寄りかかっている紗葉に愛を伝えたい流だったが、柊と医師が姿を見せた為、その体をそっと離した。



「紗葉!」

「父様…」

「良かった…本当に、良かった…」

一通りの診察を終えた後、異常がないとの診断を受けて安心した柊は、滅多にないほどの
涙を流し続けていた。

それは母である花凛と兄である樹も同じだった。


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