God bless you!~第11話「ヒデキとハルミ」
「川つながり、でげす♪」
俺は誰かに頭を突かれて、意識だけは戻った。
永田だった。痛かったから夢じゃない。
永田を追っ払って、その後しばらくは、遠くで展開している右川グループの会話を……俺は、寝たふり見ないふりで聞く。
そこで初めて、俺の推薦が、海川に行ったと知った。
多分あのタイミングなら間違いない。いちいち先生も言いはしない。しかし、よりによってという感じだ。
放課後。
1人生徒会室にいると、そこへ桂木が入ってきた。
何だか不機嫌な表情である。
「さっき藤谷さんから色々言われたよ」
「何を」と聞き返すと、「沢村は右川とじゃ長続きしそうにない、まだあたしの方がマシなんだって」
肩から崩れた。選挙中、藤谷は桂木を遠巻きにして、非難していた筈だ。
それをひっくり返すほどに、俺たちは危険なのか。
「あたし、いつまで言われたらいいのかな。じゃない?」
「悪ぃ」と、それしか言えない。
てゆうか、悪いのは藤谷と、フザけ倒す右川なんだが。
「あたし、藤谷さんて、昔から何か苦手で。だから右川にチロル1個」と、桂木は、やっぱり右川に思いやりを見せる。
ここまでくると、呆れるを通り越して天晴れだな。
俺は1度、教室に戻った。
海川と進藤を交えて盛り上がってる右川に、生徒会室に来いと伝える。
「たまには準備ぐらい手伝えって。腐っても会長だろ」
右川は、「うげー」と、もったり付いてきた。
すれ違い様、「愛の説教部屋行きだな」と、黒川が呟く。
俺は納得できない。
愛があるなら、そんな部屋はいらない。

生徒会室。
まだ誰も来ていない。桂木も消えていた。
会長と議長が席を並べ、無言で作業に集中する。
右川は、書類をハサミで細かく切り刻んだ。
小さいことからコツコツと、よく考えたらピッタリだ。
たまに思いがけず大胆な事をするかと思ったら、普段はこうして小さく収まっている。簡単な事しかやらない。まったく予想がつかない怪物だ。
右川はニコニコ切りながら、
「ねぇ修道院大学ってここからどれぐらい?」と聞いてきた。
桂木から聞いた話で説教してやろうかと思っていたが、それは置いとくか。
「電車とバスで1時間ぐらい。右川ん家あたりからだと2時間ちょいかな。行ったことある?」
「無いけどさ」
でしょうね。ていうか、オープンキャンパスを何と心得る。
だが、右川がそこを受けると決めたのは最近だから、間に合わなかったという事も考慮して、保留。
「今年ね、そこの学園祭に〝コレサワ〟が来るんだよぉ~♪」
コレ……?
こっちが質問するより先に、「全ての元カレに捧げますっ!」と、コレ(?)にまつわる何やらを、右川は口ずさむ。知らない。聞いた事も無い。
「おまえって、そんなのが好きだった?」
「めっちゃ好きだよ。ヨリコもだよ。そしたら海川がどっかから学園祭情報をゲットして。あいつよく知ってんだよね。東スポだよ、まるで」
またか、と力が抜ける。
「沢村って、どういう子が好きなの」
「は?」
付き合っててそれは無いだろと思っていると、「芸能人で言うと?」と畳み掛けて来た。
ちょっと考える。願いを込めて。
「有村架純とか」
「うわ、泣いて思いだすかもしんない恋きっと♪」
何がそんなに嬉しいのか、そこから嬉々としてドラマの話になった。
あまちゃんからビリギャルまで。
次から次へと、これでも同じ受験生かと疑いたくなる。
「テレビとか見てる時間あったら、半分だけの英語をどうにかしろよ。これ、見たぞ」
問題集に遮られて、右川は撃墜されたヘリのように一瞬で沈黙した。
話の腰を折ったりして悪かったかな……と思ったりもしたけど、優先順位はこっちの方が断然上だ。
そして優先順位には、さらに上がある。
「おまえさ、最近、海川と仲いいよな」
軽く世間話と見せかけて、ブッ込んでみた。
「川つながり、でげす♪」
どういうつながりだ。
「そういう……どっちとも取れるような発言を、彼氏の前で平気で言わない事。みんなの前でも。お願いします。会長」
「あ、そ。うんうん。でもさ、よく考えたら、あんたより海川の方が付き合い長いんだよね」
「は?」
「だーかーらー、最近仲が良いって言うのはちょっと違うでしょ。1年ん時から仲良かったもん。2年からはずっと同じクラスだし。だーかーらー、つながりっていう点では海川の方が長いんだよ。そういう事で、議長」
こう言う時、思うのだ。
右川という女子が分からない。
入学してすぐ(殆ど、すぐ)、俺達の間には海川どころじゃない出来事、それ以降も様々な2人の歴史があったはずだ。
それをすっかり棚に上げて、海川の方が仲良くて長い付き合いだと、彼氏の前で堂々と言ってのける、その無神経さ。
「なにその、どっか疑う眼差し」
いくら右川でも、察したようだ。
「聞いてると、まったく俺という存在の意味が無いよな」
声に出すと、本気で落ち込む。
情けない。
右川の眼差しも、軽蔑と憐れみが混ざった。
「あのさ、あたし達付き合ってんでしょ?もうちょっと余裕とかないの。海川とは、ヨリコをはさんで芸能人の話しかしてないんだよ。どこまでも、あいつは歩く東スポなんだから」
「それはそれは。面白そうで」
ツマんない仏像と命名された俺なんかより。
ていうか。
「海川がどうとかより、俺が彼氏だっていう自覚が、おまえに無いよな。危機感ないだろ。俺らこのまま卒業して大学まで離れたら、ストレート自然消滅だ。間違いない」
「離れたって続くヤツは続くでしょ。アギングを見なさいって」
「阿木と永田さんは、どう見てもお互いが大人で……」と、右川を上から下に見た。当然まだ背は低い。嫌味が通じたらしい。ムッとしている。
しかし右川も負けてない。
「彼氏は見た目45。おっとな~♪あたしの分も老けてくれてありがと」
投げる物が見当たらない。右川がいつのまにか握ったポッキーを横取り。
こいつの兄貴と似たような事をした事実に軽くショックを受ける。
「もっとこう真面目に、てゆうか普通に出来ないかな」
「あたしは自分なりに普通に、やってるつもりだけど」
「普通じゃないだろ。その、何言ってもどうでもいいみたいな態度。国立行くって言った時もさ、あっさり、行けば♪みたいな」
逆に行くなと引き止められたら、ここまで不安にはならなかったかもしれなくて。いや、そういう事が聞きたいんじゃなくて。たとえどうなっても何とか頑張って、2人で同じ気持ちで頑張ろう、みたいな。
「こないだ藤谷が来た時もさ、もっとこう……」
俺がもってかれる危機感、みたいな。
それを口に出すのは、さすがに羞恥が過ぎた。
右川がため息をつく。俺の方がつきたい。
思えば、俺は右川から好きだと言われたことがない。
ただの1度も。それらしい言葉の1つも。
どこまでも、俺ばっかりが言わなきゃいけないのかとイライラしてくる。
好きだとコクったり、メールしたり、海川とどうなんだ?と男のヤキモチさらけ出した挙句、藤谷を恋のライバルにまで祭り上げた。
そんな恥ずかしい事は全部こっちだ。
愛の説教部屋は、まるで拷問部屋である。
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