さようなら、初めまして。
こんな…全力疾走に近い走り、久し振りだ。
…息が、切れた。一人だったら、絶対ここまで走らない。はぁ、……はぁ。


着いた。取り敢えず軒下に入った。

「はぁぁ……大丈夫?」

滴が滴っていた。

「はい、……なんとか。はぁ、ちょっ、と、待ってくださいね、直ぐ…開けますから。もう…、ビショビショですね。早くしないと…」

はぁはぁ肩で息をしながら手探りで鍵を探した。鞄もぐっしょりだ。
…あった。
取り出したら、掴んだ手から落ちた。

「あ、ごめんなさい、直ぐ…」

拾おうとしたら、先に拾われた。

「…開けるよ。冷えたから、手、動かし辛いんだろ」

あ。…拾ってくれたついで、かな。

「は、い。ではお願いします」

鍵を握り直し、錠を掴んで差し込んだ。

「この鍵…懐かしいなぁ…」

え?

「あぁ、こんな型の鍵」

あ、そういう意味か。何だか、“この南京錠”自体が懐かしいと言ってるようにも取れた。また私は……そんな訳ないんだから…聞いた人間の感覚って事だ。こんなの付けてるから懐かしいってつもりで言ったに違いないのに。…そうよね、アキちゃん。特別な言葉ではない。こんな鍵だもの、見たら呟いちゃうよね。鍵は鍵。
ジンさんはジンさんだ。

「何もかも…。この古さが好きで、ここに決めたんです」

「ああ」

……ああ?。ああって…。

「あ、ああ、いいよな。この感じ。はい、鍵」

開けた南京錠を渡された。

「…あ、はい。あ、入ってください!」

のんびりしてる場合じゃなかった。カラカラと戸を勢いよく引いた。滑車の部分、直したばかりで滑りがいい。音も手応えも軽い。
並ぶように入って靴を脱いだ。

「ビショビショになりましたね。板張りです、濡れたままで大丈夫ですから、…こっちに…」

早くお風呂の用意をしなくちゃ。シャワーだけじゃきっと寒い。
壁にスイッチなんて無い。暗い中、照明の紐に手を伸ばした。

パチッ。…あれ?パチッ。あ、常夜灯は点いた。あれ?パチ、パチ。
…え?切れちゃったのかな。…LEDって長持ちするって聞いてたけど。えー…。パチッ。でも、それも限度か…。え?でも、切れるには早すぎるような…。

「ごめんなさい…。こんなタイミングで、切れてしまったみたいで。あっち、台所を点けるので」

ささっと荷物をおいて急いで明かりを点けた。こっちは点いた。髪から滴が落ちた。
ほう、良かった。ここまで点かないなんて事になったら常夜灯だけになっていた。

「アイ…」

え?

「は、い」

今の声…悠人にそっくり。逢生って、ジンさん…また呼び捨てた…。
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