さようなら、初めまして。
ガチャガチャ、カラカラ…。

「…ただいま」

誰も居ない部屋に声をかけるのは防犯のため。…だけど帰った時は外に南京錠をかけているのだから、辻褄は合わない事をずっとしている。
紐を手探りに掴み、引き、灯りを点けた。この明かり…ジンさんと買いに行って交換までしてもらった。灯りを点ける度、いつもジンさんが過る。
奥のキッチンのテーブルに箱を置いた。紙の箱は、まだ熱いくらい温かかった。
やかんを火にかけた。
二間続きの部屋の奥に行き、コートを脱いで掛けた。軽く整えてスプレーを吹きかけた。…んー。
先にご飯を頂こう。メモの続きを見てからだときっと食べられはしないと思った。
ピー。あ、はいはい。一人分のお湯は直ぐに沸いちゃう。
棚のドアを開け、珈琲の瓶を手にして、少し迷った。ティーバッグのお茶を入れる事にした。何だかホッと息をつきたかった。
急須に入れ、お湯を注いでいると、珈琲とはまた違った、日本茶特有の香りに少し落ち着き癒された。
椅子に座り、出るのを待った。………ん、あっ、もういい頃だ。
自然と姿勢を正し、湯呑みに注ぎ入れた。一度だけ長い息を吹きかけ、熱いのも構わず一口飲んだ。……はぁ…。何もない壁を眺めた。壁紙、張り替えてみようかな…。
箱からオムライスを皿に移し、頂きますと、テイクアウト用のスプーンを差し込んだ。
口に運んだ。間違いなく美味しい。美味しいんだけど…一口食べて、もう、スプーンは止まった。……はぁ、…切なくて、喉を通らない。もう、無理になった。
正直、この預かったというメモ。もう、見ない方がいいような気がした。
…悠人からのメモ。
当たり障りのない、懐かしむような内容だったにしても、甦ってくるモノはある。それにまた、どっぷりと嵌まってしまいそうだ。
ここからは見えない、部屋の奥にあるベッド。それがある辺りに、壁越しに目を向けた。
何もなかった訳じゃない。一度だけ、あの雨の日…。悠人と、……。初めてだった。
そんな事、こんな風に思い出していたら、忘れられるはずがない。
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