死にたがりティーンエイジを忘れない


ブツッと言葉を切った笹山が、いきなり腕を伸ばした。

見慣れない形をした手が、わたしが押す自転車のハンドルをつかむ。

ガクンと自転車が止まった。

わたしも足を止めた。


初夏だった。

涼しい夜気に、笹山の体温が伝わってきた。

近い。

とても近い。

わたしは呼吸ができない。


わたしは動けなかった。

視界いっぱいに笹山の顔が映って、男の肌ってキメが粗いんだなと見て取ったときも、何もできなかった。

顔を背けることも、声を上げることも。


唇に生ぬるいものが触れた。

その柔らかくて生ぬるいものが上下に割れて、ねっとりと濡れたものがわたしの唇をなめ回した。

それはすぐわたしの口の中に入ってきた。


キスをされたんだと理解したのは、笹山の顔が離れていった後だ。

ロマンチックだとか、そういう感覚はまったくなかった。

悪い意味で動物的な、わたしの体の中への侵入行為。


その瞬間、心の全部が凍った。

傷付かないために。

壊れないために。

中学のころに張り方を覚えた、心のバリア。

受験を乗り越えて、薄らいでいたはずの「昔の自分」の感覚が、なまなましく戻ってきてしまった。


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