死にたがりティーンエイジを忘れない


わたしが竜也と会ったのは、八月半ば過ぎの夕方、響告大学のそばの喫茶店でのことだ。


この喫茶店は、日本史学基礎論で、鎌倉時代が専門の教授が学生時代からのお気に入りだと言っていた。

おもしろい講義をする教授だ。

だから、わたしもその教授の真似をして、ときどきこの喫茶店に入る。


竜也からミネソタの話を聞いた。

まだ十二歳のケリーが、びっくりするほど大人っぽくなっていたこと。

双子だから同い年のブレットは案外そのままで、まだまだあどけなかったこと。

イチロー先生がいつの間にか結婚していたこと。


「おれ、けっこう話せるようになってましたよ。発音は全然よくなってないんですけど、下手くそでいいから、とにかくしゃべってやろうって。度胸がついたんですよね」

「度胸?」

「前は、完璧な文章じゃなきゃダメな気がして口を開けなかったけど、今は開き直ったんです。文法がグダグダでも、会話だったら、何か通じちゃうんですよね。テストではバツですけど」


竜也は楽しそうで、まぶしくて。

わたしは笑顔を作ってみせながら、気おくれした。

竜也は頑張っている。

わたしは何も頑張っていない。

ものすごい劣等感。

わたしは、しょうもない人間だ。


凍らせている時間の長い心が、今は動いている。

太陽みたいな竜也にチリチリと焼かれるような、くやしさ。


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