私は強くない
「大阪支社から、戻って参りました、蒼井裕輔です。営業部で頑張っていましたが、今回の異動で人事部配属になりました。よろしくお願いします」

都築部長の横で笑顔を振りまき、挨拶する蒼井にただため息しか出なかった。
帰ってきたんだ、本当に。
ここに美波がいてくれたら、少しは気持ちも楽だったのに。

「…課長…!倉橋課長!」

「……え?あ、はい。すみません」

都築部長に呼ばれてるのに、全く気がついていなかった私。慌てて返事をした。

「倉橋課長、引継ぎよろしく頼むよ。蒼井君が人事部の仕事覚えるまで」

「は、はい。よろしくお願いします」

「倉橋課長!よろしくお願いします」

どうして、そんなに笑顔になれるのか、私の前途は多難かもしれない。

朝の朝礼が終わり、各自持ち場に戻った。そして、午前中は都築部長に連れられて人事部の基本的な事を指導されていた、蒼井。午後からは、私が対応してくれと、それまでに思い出しておけ、と都築部長に言われた。はぁ、半年前まで、人事部だったけどね…。指導したくない、な。本音。

そんな事を考えていると昼休みになった。

「倉橋係長…あ、課長でしたね。すみません。ご飯行きませんか?」

人事部の橋本君が、声をかけてきた。蒼井に捕まる前で、よかった。一人だと絶対来るから、橋本君とご飯に行くことにした。

「行こうか?前は係長だったんだから、呼び方は仕方ないわよ。それより、どう?仕事は慣れた?美波も退職したし大変でしょ?」

「木村が抜けたのは、しんどいっすね」

「そっか。頑張ろうね!ところで…元気にしてるの?」

「…?誰ですか?」

「彼女よ。元気にしてるの?」

「!あぁ、元気ですよ。この間、やっとデートしてくれたんですよ。ドライブしたんですけどね、友達からでもいいって」

「そうなんだ!よかったじゃない」

橋本君が、嬉しそうに話をしてくれた。彼女…元気でよかった。

社食で話をしていると、私を探していたのか、大きな声で呼ぶ声が聞こえてきた。

「倉橋!」

きた…
無視しよ。
聞こえないフリしよ。

「倉橋課長、蒼井係長が呼んでますよ?」

言わないで、橋本君。
無視も虚しく、私達が座っているテーブルまでやってきた、蒼井。

「俺ほっていくなよ、倉橋」

「って、約束してないし…」

「初日だぜ?付き合ってくれたっていいじゃねーか。そこいいか?橋本」

「え?あ、はい、どうぞ」

橋本君が、どうぞと言う前に私の前に座った蒼井に言葉を失った。

やばいよ、本当にやばい。

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