私は強くない
昼休みが終わり、蒼井の指導に当たっていた。
意外と真面目に仕事をしていた蒼井に、安心してしまっていた。終業時間になり、やっと解放されると思った。しかし、やりかけていた仕事に蒼井が、これだけ片付けて帰りたいから、と残業をお願いされてしまった。私も少し安心していた事もあって、それを承諾して残っていた。あと少しこれだけ終われば帰れると、資料を取りに資料室に二人で入った時に態度を変えてきた。

「倉橋。俺の事、もしかして意識してんの?」

「な、なにが?」

不意打ち、と言われればそうなのかもしれない。

仕事を見ていて、これなら大丈夫と思っていた矢先に蒼井から発された言葉に、驚いた。

「意識してるよね?俺の事。そりゃ、告白までした男なんだから、意識してもらわないと困るんだけどね」

ジリジリと壁際に、追い込まれてるのが分かった、

「……な、何も思ってないけど?どうしたの?それが。過去の事じゃない」

「そうじゃないだろ?忘れた、過去の事なんて、言わせないよ」

バンッ

壁に手をつき、完全に壁と蒼井に挟まれた。

蒼井を、見上げる状態になってしまった。そして耳元で囁いた。

「今日、奥菜を見かけたよ。殴ってやりたかったぐらいだよ。あの時お前が奥菜と付き合ってなかったら、俺がお前の事、幸せにしたのに、ってな…」

いや、蒼井。違う、それは違う。
あの時、私がフリーだったとしても、蒼井とは付き合ってない、そんな事ない、そう言おうとした。

「ちが…っ」

「倉橋…」

蒼井に抱きしめられていた。
振り解こうとしたけれど、男の人の力に勝てる訳もなく、腕の中でもがいていた。耳元で話し続ける蒼井の唇が耳に触れた。

…イヤ

「…っ、やめて。わ、私…」

「倉橋、俺はまだ好きなんだ、お前の事が…」

キスされる。
蒼井の顔が近づいてきた。

「…やっ…」

ドンドンッ

ドアが叩く音が聞こえた。

「…助け…っ」

声を上げようとした。

「倉橋課長!」

ドアを開けて入ってきたのは、橋本君だった。

蒼井から私を引き離すと、

「蒼井係長、問題ですよ、これは」

と、だけ言って私を資料室から連れ出してくれた。

「あ、ありがとう…橋本君。助かった…」

震えていた私の肩を抱いて、休憩室まで連れて行ってくれた。

「時間が経っても帰ってこないから、心配で来たんですよ」

「橋本君、仕事終わってたじゃない。帰ったんじゃなかったの?」

私達が、資料室に行く前に確か帰っていたはず。
それなのに、なぜ?

「…名取部長から、見張っててくれって頼まれたんですよ。今日の昼の事もあるから」

「え?け、圭輔さんに?」

会社にいる事も忘れて、圭輔さんと呼んでしまっていた。
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