私は強くない
「課長、あんまり大きな声で言わない方がいいですよ。圭輔さんって…」

「あ、ごめん」

「俺はいいですけどね、付き合ってるの知ってるし。で、今日、名取部長が昼から外に出てるから会社で様子見てて欲しいって頼まれたんです。俺も昼間の様子見てたんで、すぐに納得しましたよ」

「あ、ありがとう。帰ったのに、戻ってきてくれたの?」

「いえ、帰ったフリしてただけです。蒼井係長って、周りに人がいる時は動かないって思ったんで。だけど、まさか資料室に行くなんて思ってたから、慌てました。予備の鍵持ってませんからね、俺。会社のドア壊す訳にいかないし。慌てて、守衛室に行ってマスターキー借りたんですよ。だから遅くなってすみませんでした」

頭を下げる橋本君に、しなくていいからと、頭を上げるよう声をかけた。

「だけど、名取部長いなくてよかったですよ。いたら、修羅場です。名取部長結構、怖いですからね」

「そ、そう?会社だから大丈夫なんじゃない?」

「いや、無理でしょうね。奥菜の時であれですよ。想像つかないぐらいのことになりますよ。…じゃあ落ち着いたら片付けて帰りましょうか?送っていきますよ」

「いやいや、一人で帰れるから大丈夫よ」

「ダメです。今度俺が名取部長から、怒られますから」

いい、と言っても送ると言って聞かない橋本君と会社を出て送ってもらった。
私達が人事部に戻った時に、そこには蒼井の姿はなかった。
帰ったのか…

私は少し安心していた。
あの後どうやって彼と顔を合わしていいのか、分からなかったから。
橋本君が来てくれていなかったら、私は蒼井にキスされていただろう。
耳元に残る蒼井の声や、唇が触れた所がまた思い出されてしまった。

無意識に自分の体に腕を回していた。

「また思い出しました?タクシーで帰るんで、安心して下さいね」

私の異変に気が付いた橋本君は、会社の前でタクシーを拾ってくれた。
そして、家まで送ってくれた。タクシーの中で私の肩を抱きながら、

「大丈夫ですか?さっき名取部長に連絡したら、家に着いたって言ってたんで、安心して下さい。あんまり課長に触れてると、名取部長から怒られるんで、ここでやめときますけどね」

「…助けてくれた橋本君には、怒らないって」

「知らないんですね?名取部長、かなりのヤキモチ妬きですよ」

「ふふふ、そうなの?」

少し安心出来たのか、自然に笑えていた。
橋本君がいてくれてよかった。
私はどうして、みんなに助けてもらえるんだろう。前の時もそうだった。

「また、課長には相談に乗ってもらわないといけませんからね」

「ふふふ、そうね。いつでもいいわよ。あ、それと会社から出たら、課長は止めてくれる?慶都でいいわよ。金谷君が呼んでるみたいに…」

「いや、まだ俺は…」

そんな事を話しながら、圭輔さんが待つマンションへ帰って行った。
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