私は強くない
マンションに着いた私達を出迎えてくれた圭輔さんは、橋本君にお礼を言うと部屋で聞くからと、帰ろうとする橋本君を呼び止めた。

「悪いな、仕事じゃないのに」

「いえ、私は大丈夫ですけど。課長大丈夫ですか?」

「先に橋本から話が聞きたくてね。今、慶都から聞くのは、ね」

そう言うと、私を優しく抱きしめてくれた。私の頬に涙がつたっていた。
指でそれを拭ってくれた圭輔さんは、一人にして悪かった。怖かっただろう?って。頭を撫でてくれた。


「あの、そこでキスは止めて下さいね。刺激が強すぎますんで…」

「あ、すまん。橋本…」

「……もう、橋本君…」

その場の緊張を和らげてくれた橋本君から、さっきあった事を聞いた圭輔さんは、立ち上がって蒼井を殴ってくると怒っていた。

慌てた私と橋本君でそれを押さえていた。

「ま、待って圭輔さん」
「名取部長、それはまずいですって」

「待てるかっ!許せるかっ!」

「圭輔さん!話したいの。蒼井に結婚するって、話をしたいの。だから、こんな事しないでって言うから」

「名取部長、落ち着いて下さい。蒼井係長も課長が結婚するって言ったら諦めますよ」

「あいつが?」

そう言うと、圭輔さんは黙ってしまった。

私がちゃんと話していれば、こんな事にならなかったのに。

「慶都、明日会社に言うぞ。俺との結婚、分かったな?」

「…え?あ、明日?」

「先に先手を打つ、それから蒼井に俺が言う。手を出すな、俺の女だって…」

「名取部長、男前っす。俺、そんなかった事を言える男になりたいっすよ」

それまで、会社での態度を崩してなかった橋本君が俺って圭輔さんの前で言っていた。

「橋本、俺は何も男前じゃないよ。慶都を何回も泣かせてる。泣かせたくないのに、これ以上苦しめたくないのに」

圭輔さんがそんな風に思ってくれていたなんて、考えてもいなかった。
私はまた泣きそうになるのを、必死で堪えた。

それから、少しして橋本君が帰って行った。


「圭輔さん、まだ怒ってる?」

恐る恐る聞く私に

「怒る?なんで、慶都に怒らなきゃならないんだ?怒ってるのは蒼井に対してだ」

そう言いながら、私を抱きしめてくれた。

「他に何もされてないんだな?橋本が言ってたが、腕の中にいたのを引き剥がしたってそれだけか?」

頷こうとした。
でも、フラッシュバックのように、キスされそうになった事が脳裏に浮かんだ。

「イヤッ」

圭輔さんを無意識に突き飛ばしていた。


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