家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「チェルシーさんはずっとここで働いているんですか?」
「ええ。レイモンドのお母さんとうちの母さんが仲が良くて。人手が足りなくて困っているって言っていたから。向いていたみたいね。仕事は楽しいわ。レイモンドもいるしね」
チェルシーの頬がうっすら染まる。それはキビキビと仕事をしているときには見せない、女らしい恥じらいだ。
(チェルシーさんはレイモンドさんが好きなんでしょうか)
明らかにチェルシーに好意を示しているランディを思い出し、複雑な気持ちになる。これは三角関係というやつなのだろうか。
(ああでも)
こんな複雑な感情も、今までは持っていなかった。
思えば、ロザリーが持っていた感情はなんて少なかったんだろう。
嬉しい、悲しい、悔しい。そんな一言で表せる単調な感情ばかりだった。
それはつまり、ロザリーがそれだけ狭い世界でのみ、生きてきたことを意味する。
(だから、感情が無くなってしまったのでしょうか。まるで、生き直しているみたいです)
リルとしての記憶をもって目覚めた自分は、両親に愛され、甘やかされて育ったロザリーとは同じようで違う人間のような気がする。この街に来て、人に触れ、少しずつ新しい感情と向き合うごとに、新しい自分になっていくようだ。
だとしたら、これからどう生きていけばいいのだろう。
ロザリーはロザリーとしての感情を取り戻すつもりで旅に出たのだ。だけど、今のままでは元のロザリーに戻れない。でももう、戻りたいとも思っていなかった。
新しく得た感情は楽しいばかりではないけれど、失くしたいとは思えないから。