家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「さて、そろそろ上がりましょうか」

仕事終わりの温泉の効果で、ロザリーもチェルシーも肌が滑らかだ。一日中頑張ってもこのご褒美のおかげでまた元気が出てくる。
着替えを終え、ロザリーはこれから家に帰るチェルシーを見送った。
辺りはもう暗いので心配だったが、チェルシーはここから近いから大丈夫だと笑う。

見送りながら暗くなった街並みを見つめる。
頭に浮かぶのは、ザックのことだ。
ケネスの従弟だという彼は、妙にフットワークが軽く、よく昼時に【切り株亭】にやって来る。
失せもの探しを頼まれた日は、そのまま居残って一緒に探してくれることもよくある。
彼は貴族の義務だと言うが、ロザリーはなんだか彼に甘えてしまっている気がして落ち着かない。
だけど、突っぱねる気にならないのは、一緒にいれば楽しいからだ。

格好良くてちょっと口が悪くてだけど優しい貴族様。
ロザリーとて本当ならば男爵令嬢だが、彼はきっともっと格上の貴族だろう。

(……って、なんでそんなことを考えてしまうのでしょう)

彼がロザリーを助けてくれるのは、あくまでも貴族の義務。
身寄りのないロザリーを、心配してくれているだけなのだ。

だけどロザリーは気づいてもいる。
ザックに触れるくらい近くにいるときだけ香る、甘い優しい匂い。
あの香りを、気が付けば探している自分に。

「こんな気持ちも、初めてです」

名前のわからない気持ちはロザリーの耳の辺りをむず痒くさせる。そっと手で耳を押さえた彼女に、冷たい風が吹きつけた。
ロザリーは一つくしゃみをして宿の中へと戻った。

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