独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
その日から、彼がくれるメッセージに返事ができなくなった。ううん、しなくなった。

どうして彼は私に連絡をとろうとするの? もう羽野チーフとの関係が世間に露見した今、私の存在なんて必要ないはずなのに。

彼には出張が重なって会えなくなると言われていた。今の私にはそのことが皮肉にも有り難かった。

彼に会って、何を話せばいいのかわからない。お役御免の私に、彼が会う必要があるのかもわからない。顔を見たら、みっともないことばかりを口にしてしまいそうだ。それが何より恐い。偽物の婚約者の私にはそんな権利はないのに。

夜はなかなか寝付けなくなってしまった。ベッドの中で何度も寝返りをうっては、溜め息を吐いている。深い迷路の中に迷い込んだみたいだ。出口は見つからない。私はこれから先、一体どうしたらいいのだろう。

……この想いはいつか自然に消える日がくるの?

そんなどうしようもなく、ぎこちない毎日を一週間ほど過ごした帰り道。最寄駅に着いて自宅に向かって歩き出した私の名前が誰かに呼ばれた気がして、ふと足を止めた。

「橙花」

聞き間違いではないかと思いながらも、周りを見回す。周囲は到着した電車から降りてきた人々でごった返している。外灯や商業施設のネオンが明るく道を照らしている。

「橙花!」

今度はハッキリと聞こえた。低い男性の声。周囲に目を凝らす私の視線が、ひとりの男性の姿をとらえた。

「……煌生さん……?」

どうしてここにいるの? 少し前にもらったメッセージでは週末まで帰って来ないと言っていたのに。どうして私の名前を呼ぶの?
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