独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「……捕まえた」

近づいてきた彼が私の右腕を掴む。普段の彼からは想像がつかないくらいに必死の形相。

驚いた私はその場から動けなくなる。ただ目を見開いて眼前の彼を見つめていた。走ってきたのだろうか。

彼のいつもきちんと整えられている髪も呼吸も乱れている。額にうっすらと汗も滲んでいる。彼の行動の意味が分からずに戸惑う。

「走って、来たの?」

そんなことを尋ねたいわけではないのに、口から零れた言葉はそれだった。彼が走るなんて似合わない。焦ったり、慌てている姿なんて今まで見たことがない。

「大切な婚約者を捕まえなきゃいけなかったから」
フッと彼が口角を上げて不敵に笑う。その微笑みになぜか背中がゾクリとする。

『大事な婚約者』

なんて残酷な台詞。今さらそんな言葉を聞きたくなんてないのに。
十分すぎるくらいに痛んで粉々になっていた私の心が疼く。彼に掴まれた腕よりも心が痛い。彼から逃れようともがく私。

周囲の人たちが私たちに無遠慮な視線を投げかけては通り過ぎていく。痴話喧嘩でもしていると思われているのだろうか。

その視線にハッと我に返る。彼は雑誌に載るくらいの有名人だ。こんな姿を人に見られていいわけがない。今はラッシュアワーだ。不特定多数の人が行きかっている。

私のことが羽野チーフの耳に入ったら一大事だ。たとえ選ばれなかったとしても最後までこの人に迷惑はかけたくない。

「煌生さん、手を離してください! こんな姿を誰かに見られたら誤解されてしまいます!」

掴まれた手を必死で振りほどこうとする。力を入れているようには見えないのに、彼の手はびくともしない。むしろ、離すつもりはないと言わんばかりの態度で睨まれる。
< 114 / 158 >

この作品をシェア

pagetop