独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
そんな言い方はずるい。
そんな言い方をされたら私が悪者みたいだ。
偽物の婚約者の私に何を説明するの。そんな必要はない。

けれど反射的に振り返って見てしまった彼の紅茶色の瞳は悲しそうな色をしていた。その声に抵抗していた力が抜けてしまう。
私は諦めにも似た思いで、小さく頷き、彼に手を引かれて歩いた。

もうここまで来たら潔く失恋しよう。そしてこの恋は心の奥深くに封印してしまおう。
ひとりでそう決意する。

彼は駅前から少し離れた場所に停めてあった車の中に私を促した。
後部座席に並んで座る。彼が抑揚のない声で話し出した。

「……ごめん。あの記事は完全なデマだ。スーパーマーケットの件も誤解だ。会いに来るのが遅くなって悪かった」
私は息を呑み、声を出すことができずに彼の顔を見つめた。久しぶりに会った彼の顔には疲労の色が濃く滲んでいた。

「橙花に話した女性誌の取材を受けた後で、あの週刊誌の記事がでたんだ。元々俺が婚約したということは騒がれていたことだったんだが、まさかあんな形で発表されるとは思わなかった。完全に俺の落ち度だ」
悔しそうな彼の横顔。この人が嘘をついているようには思えなかった。
本当に信じていいのだろうか。

「……羽野チーフとは幼馴染なの?」
震える声で一番気になっていたことを彼に尋ねる。あの記事がデマだというなら真実を彼の口からきちんと聞きたい。どうしてあの時ふたりで歩いていたのか、教えてほしい。彼は頷く。

「ああ、美玖(みく)とは兄弟のように育ってきた。学生の頃は親同士が勝手に許嫁にするかというような話はあったけれど、俺と美玖には全くその気はなかった。恋愛感情をお互いに抱いたことは一度もない。第一、美玖には本物の婚約者がいるからな」
< 116 / 158 >

この作品をシェア

pagetop