結婚願望のない男
『あんないい雰囲気の男がいるんならわざわざ俺が慰めに行く必要もなかったなって思ったんだけど。…でも、まだあの男と何もないんだとしたら、確実にあの男はあんたに惚れてるよな』
「そ、そんなこと…ないと思いますけど…。ただの後輩で…」
『よかったじゃん、彼氏欲しかったんだろ?』
「え…」
『そいつは結婚願望ある男だといいな、応援するよ』
「──あ…」
淡々とした調子で言われて、しばらくの間私は次の言葉が出てこなかった。
「あの…私は、そんなことより、先日のお礼に山神さんと……………」
そう言いながら、虚しさがこみあげてきてそれ以上の言葉が告げられなかった。
やっぱり、山神さんは私に少しの興味も持っていない。
私が気になっているのは彼じゃなくてあなたなのに──
「…いや、やっぱり何でもないです。心配してくれてありがとうございました。…私は別に、結婚願望ある人と付き合いたいんじゃないんです、そんなことはどうでもいいんです」
胸が苦しくて、痛い。
私が島崎くんと一緒にいる姿を見て、『よかったじゃん』なんてあっさり言えてしまうぐらいに、彼は私に興味を持っていないという事実が、私の胸をぎゅっと締め付ける。
「結婚願望がない人でも…付き合っていくうちに何か変わるかもしれないじゃないですか!だから……私は彼じゃなくて…結婚願望が無くても…あなたのことをもっと知りたかったのに…。そんなあなたに、応援するなんて言われても…!」
『───』
電話口の向こうで息をのむ音が聞こえたけれど、何の言葉も帰ってこない。私は完全にヤケクソになっていた。
「でももういいですっ!その後輩に慰めてもらいますから!」
言うだけ言って、私は勢いよく通話を切った。
これ以上彼の言葉を聞いて傷つきたくなくて逃げてしまった。せっかく彼が心配してかけてくれた電話を、こんな形で終わらせてしまうなんて。
(しかもドサクサにまぎれてまた告白っぽいことを口走っちゃった!私ってば本当に…。ていうか、女の私から『友達になりたい』だの『もっと知りたい』だの色々言ってるのに1ミリも進展しないとか、脈のなさが尋常じゃない…辛すぎる…)
私はしばらく頭をかかえてうずくまった。恥ずかしさで耳まで熱いような気がするし、一方で色々言いすぎて血の気が引いてしまったような気もする。
…でももういい。彼は優しいから色々心配はしてくれるけど、私のことなんて、異性としてなんとも思ってなかったってことが心の底からよくわかった。だから…これでよかったんだ。
(お金返したかったけど…もうどんな顔して会えばいいかわからない…。彼の性格からして、いちいちお釣りを返せなんて言わないだろうし…。もういいかな…。乙女の心を傷つけた対価としてもらっとこ…)
今度こそ本当に終わったのだ。
私はそのままシャワーを浴びることにした。全部水に流して、なかったことにするしかない。