結婚願望のない男


『マーケティングソリューション部 品田さま
お世話になっております。山神です。本日はありがとうございました』


…冒頭はずいぶんと改まった文章だ。一度はレンタル彼女として実家にまで行ったというのに、そんなことはきれいさっぱり忘れてしまったかのような他人行儀っぷりだ。単に公私をきっちり分けたいタイプなだけかもしれないけれど、一方で彼は最初からずっと私に対してこの距離感だったのかもしれないなとも思う。
(レンタル彼女をやったことで距離が縮まったように感じていたのは…私だけだったのかもね…)
私は少し気を落としながら読み進める。

『香川があんたたちを困らせてしまったようで申し訳ない。俺も、不必要な項目をそぎ落としたシンプルなA案がいいと思っている。仁科もどちらかと言えば俺の考えに近い。社内でも香川を説得してみようと思う』


(山神さん…)
「久しぶり」とか、「まさか仕事で会うとは思ってなかったから驚いた」とか、そういう一言は一切なかったけれど、彼なりに困っている私たちを心配してくれているようだ。さりげないフォローに心が少し温かくなる。
(嬉しいと言えば嬉しい。けど、もう…私なんかに優しくしなくていいのに)
これ以上優しくされたらまた心が揺らいでしまう。「あれからお母さんは元気ですか」とか、本当はもっと色々と話をしたいんだけど…。
そんな気持ちをぐっと抑えて、私はお礼のみのシンプルなメールを返信した。

『色々と気を遣ってくださってありがとうございます。A案をベースに直してみます。ほかにも至らぬ点がありましたら教えてください。それでは』

(もっと話したい、もっと声を聞きたい…。でも、ダメだ。山神さんにそんな気持ちはないんだから…。私は仕事に集中しないといけないんだから…我慢、我慢…)

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