結婚願望のない男

***

ワタナベ食品との第三回目の会議、終了後。


「すみません、僕からも要望があるのでお二方少し残っていただけませんか」と、他の人が退室した後で山神さんに呼び止められた。

会議室には山神さんと島崎くんと私の三人だけになる。

「あの…何か?」

こんな形で山神さんに呼び止められるとは思っていなくて、私は緊張しながら尋ねる。よりにもよってこの三人だ。空気もぴりっとしていて息が詰まりそうだった。
山神さんは大きくため息を吐きながら、「…あのさ、今日の会議かなりグダグダだったと思うんだけど」と言った。島崎くんがいるにも関わらず、二人で話している時のような砕けた口調だ。彼の言葉はひどく冷たかったけれど…残念ながら、彼の言う通りだった。


相変わらず香川さんは迷走していた。けれどそれに加えて、私たちの用意した案もA案に無理やりB案の一部の質問を盛り込んだために焦点がぼけていて、本来の趣旨である『キャンぺーン効果』以外の部分のボリュームが出すぎてしまっていた。その微妙な案で議論を重ねた結果、一周回って一番最初のシンプルなA案がよかったんじゃないかという話になって、議論が振り出しに戻った状態で今日の会議は終わってしまった。さらに、そのせいで全体スケジュールと予算もひっ迫し始めている。
もっと事前に私と島崎くんがしっかり共通認識を持って、香川さんをいさめながら本筋の議論に誘導できていれば無駄に時間を浪費せずにすんだのに…。調査票決定の遅れは全体スケジュールにもダイレクトに影響する。ただでさえタイトな納期なのにさらに首を絞めてしまった。

「す、すみません」

「あんたがしっかりハンドリングしないでどうするんだよ、こいつは後輩なんだろ?スケジュールもそうだし」

議論の途中で、見かねた山神さんも要所要所で口をはさんで軌道修正しようとしてくれた。けれど彼は主担当ではないから、どうしても香川さんと谷本さんの発言が優先になってしまう。

「山神さんも会議中に意見を言ってくださったのに…うまく組み込めなくてすみません…」

「そんなふうにひたすら謝られても意味ないから」

山神さんが語気を荒げた。
すると、明らかにイライラしている山神さんから私をかばうように、島崎くんが間に入ってきた。

「…山神さん、品田を責めるのはやめてください。今回は完全に僕の責任なんです。僕がなあなあな仕事をしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。もう一度作り直して、今度はしっかりと打ち合わせしてきます。次回で調査票と全体スケジュールの最終決定となるよう全力を尽くします。…だから…もう責めなくていいでしょう。僕たちは帰ります」

「島崎くん…」

そんな島崎くんを一瞥して、山神さんはまたため息を吐いた。そして、島崎くんに何やら紙を差し出した。

「香川とあんたらが議論している間に俺も赤を入れといた。これを参考に直してくれ」

「これは…」

島崎くんがやや驚いた表情で受け取る。
ちらっとのぞき込むと、今日の打ち合わせで私たちが配った案にびっしりと赤字で修正が書き込まれていた。
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