結婚願望のない男

***

約束した週末の夜、19時30分。私は『喫茶 さぼてん』に足を運んでいた。
この店は夜22時まで営業していて、18時以降はアルコール飲料も提供される。夜にこの店に来るのは初めてだ。山神さんは今日、休日出勤の予定があるというので、この時間に会うことになったのだ。
いつもより念入りに化粧をして、身だしなみも整えて万全の準備をしてきた私は、やや緊張しながら店に入った。


扉を開けると、昼間でも暗い店内はさらに暗くて、喫茶店というよりはバーのような雰囲気だった。静かだった昼と違い、ジャズのBGMが少し大きめの音で流れている。それから、各テーブルには小さなキャンドルが置かれて、ゆらゆらと小さく美しい光を放っていた。カウンター奥に並べられたカクテル類のビンも、照明が当てられて幻想的に輝いている。昼間よりもっとムーディーで、大人の店、という感じだ。


暗くて視界の悪い店内できょろきょろしていると…
奥のソファー席に座っていた男がひょいと手を挙げた。もちろん、山神さんだ。


「…夜はまた、ずいぶんとムーディーなお店ですね」

「俺もほとんど昼に来るから慣れないな。何、飲む?あんた酒は大丈夫か?」

「強くはないけど、お酒は好きです」

「じゃあアルコールでいこうか」

山神さんは赤ワインを、私はオレンジブロッサムを、そして簡単なおつまみを2皿ほど注文した。


「…今日俺がここに呼び出されたのは、告白の返事をもらえるってことでいいの?」

「……その前に、山神さんに聞きたいことがあります」


彼に聞きたいことがたくさんある。私は一度深呼吸をしてから口を開いた。


「…そもそも山神さんはなぜ、結婚をしたくなかったのですか?」

山神さんが少し目を丸くした。

「……。ああそうか、そうだよな。まず気になるよな。言わないわけにはいかないか…。………」

少しの沈黙の間に、注文したドリンクが運ばれてきた。

「……とりあえず乾杯するか」

答える前に山神さんがグラスを突き出してきたので、かちん、と小さく乾杯をして、お酒を一口だけ飲んだ。緊張していて味はまったくわからなかったけれど。

「…俺はあんたに、一つ嘘をついている」

「嘘?」
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