結婚願望のない男
「…!」
改めて言われると、どういう顔をしていいかわからない。
「あんたが、好きだ。島崎に奪われそうになって、柄にもなく焦った。こんな俺でもまだ、一人の女を奪われたくない、俺だけのものにしたいって思うような情熱があったんだなって、自分でもびっくりしたぐらいだよ」
「わ、私…山神さんには情けない姿ばかり見せてしまっていて、好かれる要素がまったく思い浮かばないんですが…どうして、いつからそう…思ってくれてたんですか?」
「…ん…?どうして、いつから、か…。なんか危なっかしくてほっとけない奴だなって思ったのは、そもそも最初に会った時だけど」
「…!あ、あれはその…ごめんなさい…」
「俺に突っ込んできて、電話口からはオッサンの怒鳴り声がして、あんたは泣いてて…。自分の怪我よりよっぽどあんたが心配になったよ。なんだこの女大丈夫かって」
あの時のことを思い出したのか、山神さんはふっと笑った。一方の私は恥ずかしくなってきて、顔が熱くなる。
「あんたが彼女役で俺の実家に来た時…家族の誕生日には必ずパーティーをするって楽しそうに話してた時…なんか想像がつくなって思った。ケーキを前にして満面の笑顔を浮かべてるあんたが。あんたは俺にないものを持ってるんだと思って、うらやましくて、それで…のびのびしてるあんたを、もっと近くで見ていたいって思った。あとは…」
山神さんは少し考えてから言った。
「危なっかしいあんたなりに、仕事…とくに後輩を育てようと頑張ってるところも、好きかな。いいコンビだったよ、あんたと島崎は。島崎はちょっと生意気だけど、なんだかんだ人の話をよく聞いて何でも吸収しようとしてたし、俺たちのために必死で頑張ってくれた。恋愛に関してはやっかいなライバルだけど、仕事のパートナーとしては申し分ない。あんたが手をかけて育てたんだろうなって、伝わって来たよ」
「!」
「…だから多分、あんたのことをいいなと思ったのはかなり最初のほうだと思う…けど、はっきり好きだと自覚したのは、雨に濡れたあんたを迎えに行った時だったかもな。そもそも仕事で再会するとは思ってなかったから、あんたと付き合うとか考えたこともなかった。もちろんその時はまだ、俺自身が恋人を欲しいと思ってなかったし。ただ、あの雨の日、あんたは島崎に告白されたけどまだ返事をしてないと言っていた。それを聞いて…このままあんたと島崎がくっつくのは、嫌だと思ったんだ」
「………そう、ですか…」
「…と、このぐらい言えば十分だろ?さすがに恥ずかしい」と、少ししゃべりすぎたと思ったのか、山神さんはそこで話を切ってぐいっとワインを飲み干した。そして二杯目を注文する。店内は暗いけれど、それでも山神さんの顔が赤くなっているのがわかった。
「…正直、『結婚なんかするな』って警告してくる自分がまだ心の中にいる…と思う。でも一方で、あんたに会ってから『いつまで過去のくだらないことに囚われてるんだ』という考えも芽生えた」
「うん…」
「……だってこんなにも…あんたをずっと見守ってたい、っていう気持ちが大きいんだ。危なっかしくて、目が離せない。そばに置いておきたい。これまでずっと思ってた『結婚なんかしない、したくない』って気持ちがかすんでしまうぐらいに」
「うん…」
山神さんは大きく息を吸って、私の目をその鋭い瞳でじっと見据えてこう言った。
「…あんたが好きだ。あんたさえよければ…俺と付き合ってほしい」
ワタナベ食品の帰りに好きだと言われた時は、まだ半信半疑だった。けれど今は、この真剣なまなざしから、痛いほどに彼の気持ちが伝わってくる。
「あと、その、ちょっと一足飛びかもしれないけど…できれば、結婚を前提に。…結婚したくないと思っていた俺がここまで考えを変えてしまうぐらい、あんたのことが好きなんだ…。島崎がいる時にも言ったけど、付き合うからには、責任を取りたいし」
「……………」
ああ。
ドジで何のとりえもない私だけど、心に傷を負っていた彼に、結婚したいと思わせるほどの何かを与えることができたんだ。
そう思うと、なんだか胸がいっぱいになって、泣いてしまいそうだった。