一途な御曹司と極あま初夜事情~クールな彼は独占欲の塊でした~


どきん…!


先ほどより大きな衝撃が走った。

心では、もちろん離れたくない。いつ会えるかも分からない場所に、彼に行って欲しくない。

きっと、アメリカに行ったら連絡を取る暇なんてなくなる。スイートルームで数分の逢瀬をすることも、彼のしなやかな指に触れられることも、熱のこもったキスをすることも出来なくなるのだ。


かと言って、私が引き止めたらどうなる?

社会人として、仕事を蹴るなんて許されることなのだろうか。

もちろん、ランコントルホテルの経営に樹さんが必要不可欠なのは事実だ。日本から離れない理由に使う切り札など、彼はいくらでも持っているのかもしれない。

だが、彼のキャリアに繋がる仕事を、私の一声で捨てさせてしまっていいのだろうか。

そんなの、私が責任を取れるわけじゃない。


『フライトを蹴るようなら、二度とお前を後継者とは認めない。結果を出すまで帰ってくるな。』


社長の声が頭をよぎった。あそこまで言われたのだ。次は本気で勘当されてもおかしくない。


“行かないで”


その一言が、言えなかった。


ぎゅう…っ!


ふいに抱き寄せられて、すっぽりと彼の腕に包まれた。シャツ越しに感じる彼の体温。

思わず止まったはずの涙が溢れそうになる。


「こんなこと、急に言われても困るよね。」


声が出せず、彼のシャツにしがみつく。

樹さんの静かな声が、耳元で優しく囁かれた。


「三日後のフライトまで、俺は待つから。」


「…!」


私を抱きしめる彼の腕は優しかった。

“これは、悪い夢だ”

そんな、体ごとどこか遠い場所へと飛んでいってしまいそうな感覚が、じわじわと私を包んでいったのだった。
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