大人の恋は複雑で…素直になるのは難しい
「…考えてみるね」
「菜生…」
何か言いたげな表情を見せた奏だったが、私の肩を抱いてコンシェルジュにしばらく滞在すると伝え、エレベーターに乗った。
今も、まだ私の肩を抱いたままの奏は何も言わない。
こんな形で、彼の事をほとんど知らないと気がついてしまったのに、簡単に答えは出せない。
「とりあえず週末だけ、お世話になろうかな」
「はあっ?お前やっぱり馬鹿だろ」
目尻を釣り上げ心底怒ってる様子の奏に、私はビクついた。
こんな奏、知らない。
「な、なに?そんな、に、怒ることじゃないでしょう?」
「怒ることじゃないだと…もしかしたら俺のせいでお前に危害が及ぶかもしれない。いや、起こらせないけど、俺の目の届く安全な場所にいてほしくて言ってるのに、何も片付いてないのに帰るだと…馬鹿じゃないなら、なんて言えばいいんだ?アホか?」
「馬鹿もアホも変わらないじゃん。私は、ただ…」
「なんだよ?」
「気持ちは嬉しいけど、私には私なりの今までの生活があるの。あんな酷い事をされて怖いよ。だけど、狭い部屋でも私の大切な家なの。たいしたものじゃないけど、服も家具も、私が働いたお金で手に入れた大切な物を置いておけない」
「だから、引越してこいって」