【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「……お手伝い、致しますわ」
初めて、声をかけた相手だった。
そして、軽々しく口をきける相手でもなかった。
でも、放っておくことを、翠蓮は出来なかったから。
声をかけると、彼女は顔を上げた。
年に似合わず、頬にも泥をつけていた。
翠蓮は手巾でそれを拭い、微笑む。
すると、
「鳳雲様……」
と、震える声で、彼女は呟いた。
かなり、混乱しているのだろう。
真珠のように白く、細い手は震え、泥だらけで。
美しい爪も、傷ついている。
「……翠蘭様、私がお探し致しますから」
侍女の言葉にも、耳を貸さない。
「いいえ。あれは、わらわのよ……」
そう呟いて、探し回って。
「何を探しておられるのですか?」
翠蓮が尋ねると、
「鞠……」
と、彼女が教えてくれた。
「鞠ですね」
彼女ほどの身分になれば、そんなものは万とある。
でも、それではダメな理由が、彼女にはあるのだ。
泥だらけになってでも、威厳や矜恃を投げ捨ててでも、変えられぬ、捨てられぬものはある。
色んな場所を探してみるけど、見つからず。
今日が晴れた日でよかったと、翠蓮は思った。
雨だったら、きっと鞠が汚れてしまうから。