【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
けど、そこにあったのは……いや、いたのは、翠蓮の知り得た路地裏の光景ではなかった。
雨に混じって、翠蓮の足元にも及ぶ血の跡。
流れてくる源を追えば、路地裏の少し奥に黒い塊。
どうやら、人のようで。
「ちょっ!大丈夫ですかっ!?」
駆け寄り、外套(ガイトウ)を捲る。
すると、その人と目が合って―……。
「―誰だ」
不機嫌な赤く鋭い瞳が、翠蓮を捉える。
雨に濡れた少し長めの黒髪が、彼の頬に触れて。
白い肌が、とても映える。
綺麗な面立ちをした彼は、再び、
「誰だ」
と、翠蓮に問いた。
正気に返った翠蓮は持っていた傘を彼に差し、濡れないように雨よけを作った上で、薬箱を覗く。
「怪我を手当てするの。じっとして」
「触れるなっ!」
警戒心たっぷりな彼は、全身傷だらけで。
かすり傷なんてもんじゃない。
これは、刺傷だ。
振り払われた手を暫し眺めた後、
「私は、通りすがりの薬師よ」
と、翠蓮は彼の質問に答えた。