ねえ、きみがすき
確かにそうだ。
グレープフルーツの香水ってだけだったらバレる可能性は低いかもしれないけど、シオンはそこら辺にいるただの男子高校生なわけじゃない。
全国放送のテレビに映っちゃうような芸能人だもんなあ。
「芸能人って大変だね」
少しだけ肩をすくめながら言ったところで、ちょうどエレベーターが5階に着いた。
シオンが“開く”のボタンを押してくれるから、きっとこれは先に降りろという意味だろうと勝手に解釈して、「ありがとう」と彼に見えるように言ってエレベーターを降りた。
10歩ほど歩いたところで、あたしは自分の家の前にたどり着く。
あたしが足を止めて5秒もしない内にシオンの足も止まった。
「…じゃあまた、明日」
そう言って微笑すると、シオンは軽く頷いて口を動かした後、この間と同じように鍵を開けて家に入っていった。
「……今、ばいばいって言った?」
形のいい彼の唇から発された言葉はもちろん音にはなっていなかったけれど、さっきの口の動きは確かに別れの言葉を表すそれだった。
──昨日ここにいたあたしは想像もしていなかっただろう。
翌日この扉の前で、あのシオンにばいばいなんて言葉を言われるだなんて。
しばらくそのままの状態で固まった後、急いで鍵を開け家の中に入るのだった。