今夜、夫婦になります~俺様ドクターと極上な政略結婚~
初めてだった。
あんな風に沙帆が母に本音でぶつかったことなど、今まで一度もない。
幼少期から、ギリギリのところで、溢れ出さないように誤魔化し誤魔化しやり過ごしてきた寂しさ。
それは例えるなら、表面張力で溢れるか溢れないか、そんな際どいものだったのだと思う。
一度溜め込んできた不満を口にすると、止まらなくなってしまった。
千華子の前ではなんとか見せずに済んだ涙も、家を飛び出したら堰を切ったように次々と流れ出ている。
タオルハンカチで押さえているけれど、もう生地はしっとり湿っていた。
宛てもなく夜の街を歩いていく。
こんなに泣いていて、真昼間じゃなくてよかったなと心底思う。
でも、この顔ではお店にも入れない。
家に戻る気にもなれないし、どうしようかと交差点で信号待ちをしていると、目の前を左折してきた車にクラクションを鳴らされた。