発つ者記憶に残らず【完】
「えーっと…こんな時間に何やってるんですか?」
訝しげにそう聞いてくるトーレンにおや?と思った。もしかして聞かれていなかった、のかな。
私はさり気なく立ち上がり、ゴードンが眼帯を反対側につけていることを悟られないようにした。それだけじゃ苦しいように思えたけど、嘘か真かすっとぼけたような彼の質問には答えなければいけない。
「ちょっと親睦を深めようと思って。昼間はノイシュに独占されちゃったし」
「ああ、なるほど……あなたもドラゴンにかなり興味がありますもんね」
「そうそう。トーレンこそどうしたの?」
内心ドキドキとしながら少し寝ぼけたようなトーレンに疑問をぶつけてみる。
「階段を降りる気配がしましたがしばらく経っても戻らないので、まさかあなたが外に出たんじゃ、と思って心配になったんです」
「ごめんね心配かけて。ずっとここにいたから安心して。今日は朝早くからだったから疲れたでしょ?もう寝なよ。私たちはもう少し話してるから」
「……なんだか不気味なぐらいいつもより優しいですね」
「あなたも大概失礼ね。ほら、行った行った」
「それではお言葉に甘えます。ハサル様も付き合っていては遅くなってしまいますのでほどほどにしておいた方が身のためですよ。何度も呼びかけたのに図鑑をずっと見ていた彼女の好奇心は侮れませんから」
「そんな余計なこと言わなくていいからっ」
私の背後にいるハサルに声をかけたトーレンの肩を急いでグイグイと押し、2階になんとか戻すことができた。
ほんとーに話を聞いてなかったかどうか疑問だけど、これでひと安心、とどっこいしょと椅子に戻り座るとゴードンは何かを考え込んでいるようだった。
「いやー、ひやひやした」
寒いのに顔だけ熱いように感じてパタパタと手で仰ぐ。ちょっと眠そうなトーレンでよかった。昼間だったら絶対に眼帯と目について何か聞かれていたと思う。
「……で、どこまで話したっけ」
はて、とハプニングが起きて直前のことを忘れてしまった。メリアのことについてなのはわかるんだけど。
「………あれ、ゴードン?」
「置き換わった」
「え?」
「さっきの男の行動が誰かによって置き換えられたんだ。聞いていたはずなのに聞いていないことになっている」
「ええ?」
ちょっと、いやかなり怖い。誰ですかいきなり記録を書き換えたの。こちらとしては都合がいいけど一体どこの誰が……?
「おまえも直前の話を忘れているようだしな。俺は特に何も無かったが、おまえのその些細な忘れを招いた。誰かはわからないが、俺の中の"さっきの男の行動"の記録を弄ったらしい。俺以外に影響が出たのはそのためだ」
「うわっ。なんか変な気分。こんな気分を皆味わっていたんだね」
私は両腕を交差させて手で腕を擦るふりをした。もうなんか、受け入れ難くて頭の中が混乱してめちゃくちゃだよ。