発つ者記憶に残らず【完】


*


メリアの話は続いた。


メリアの世界にはドラゴンは存在せず、魔法による戦争が絶えない世界だった。メリアももちろん魔法を使うことができ、精神に潜り込むことができる魔法だった。その能力は監視官だった彼女とは相性がよかったものの、効かない相手もいたらしく万能ではなかった。

メリアが城にやってきたのは16歳のとき。王の影武者と一般女性との間に生まれた子供というのは変わらなかったけど、その女性というのが実はマーガレットで、付き人として城に一緒に来た彼女はディアンヌの世話人として働くことになった。身元を隠す必要があり、赤い髪を封印した彼女がバレることはなかった。

初めて会った血の繋がりのない兄2人と姉の中でも、ノイシュは容姿端麗で頭脳明晰、さらには軍師としての素質を十分に持ち合わせていたため周囲からは崇拝されていた。彼は魔法の研究に没頭する一面を持ちながら、兵士をただの駒、敵をただの獣としか思っておらず、その残忍な性格を受け入れられるほどの勝利は数しれない。

ノイシュの補佐であるトーレンは敵や地形の分析に長け、細かく再現された戦場のジオラマはマドロス王国、強いていうならノイシュの勝利に一役かっていた。ヨハンは優しい心の持ち主なのに戦場では人間を殺さなければならず、その葛藤のせいか公私の性格の差が著しくなり、まるでオセロの白黒がひっくり返るように城内ではコミュ障なのに戦場ではマッドサイエンティストになって容赦がなかった。

フォルテは接点があまり無かったためマリアとメリアで同じ人のところに嫁ぎ、預けようと思っていたキティも失踪し結局預けることができなかった。

そして迎える"あの日"の2日前、最後の転生であと1度告白されればもう転生できなくなる状態になってしまうメリアは、罰の効果が薄まったのかなんとか勘を取り戻し監視官の能力を僅かに使えるようになった。

そしてこの世界の記録を見てみると、ディアンヌが想いを寄せていたノイシュはトーレンによって殺されてしまうという結末で終わっていた。慌てた彼女はさらに記録を遡り、夕食中にコソコソとノイシュの部屋に忍び込むディアンヌの姿を遅れて向かっていたヨハンに目撃され、不思議に思った彼が補佐のトーレンに軽い気持ちで告げたところから事の顛末が始まっていることを知った。

ノイシュの精神を誘惑し誑かしたディアンヌがノイシュの部屋から出ると、待ち構えていたトーレンによって突然告白を受けたメリアはディアンヌとしての生を終える、となっていた。トーレンの心には嫉妬心だけが残り、さらにはなかなか自分を認めてくれないノイシュへの恨みも募り殺害してしまうという。

相手が悪く、トーレンにディアンヌの魔法が通用しないことが元々わかっていたため、遅かれ早かれトーレンに告白を受けることを予感したメリアは早速その日、ヨハンの性格のズレを修正することにした。素直過ぎるうぶな性格のために、寝室に女が1人で忍び込むことの意味を理解していなかったからすぐにトーレンに言ってしまったと考え、ヨハンにサイコパスな要素を加えた。

すると、トーレンから告白を受けるまでの期間が長くなりホッとしたが、ノイシュが死ぬことには変わりない。そこで、メリアはこの体にマリアを入れることを考えつき秘密裏にゴードンに連絡をした。それがあの"マリアをあなたに託します"というメモだった。

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