発つ者記憶に残らず【完】


「回数については簡単なことよ。私が1度事故で死んだから」


じゃあ紛らわしい言い方すんな、と睨みつけると肩をすくめられただけでまるで鼻先で笑われた気分だった。


「誰っていうのは…トーレンよ」

「えっ?!」


なぜ?!と予想外の相手に驚愕し、短く反応することしかできなかった。

あの、トーレンが?ノイシュが大好きで最近は頼もしく感じてきたけどあのなよなよしてた男が?だって最初のうちは完全なるモブだったじゃん!


「そう!その反応よ。私も突然告白されそうになってもう意味わからなかったんだから。あなたは関係を築いているけど、私の場合はモブですらなかったんだもの」


私の反応に嬉しそうに声を上げる彼女は手を口の前で軽く合わせて微笑んだ。そんな彼女の反応を見ても、でもわからない、ともやもやとするしかなかった。


「"告白されそうになった"って、どういう意味?」

「そのままの意味よ。私ももう何度も経験してるから言われる前に察知して、突然私の前に現れて抱き締めて来た彼から急いで逃げて城から抜け出して闇雲に走ったわけ」

「……それにしては用意周到過ぎない?手帳といいメモといいサバイバルセットといい、食べ物以外は揃ってたじゃん」

「手帳とメモは私が用意したものだけれど、それ以外は知らないわ」

「は?え、じゃあ、ゴードンの言ってた"バグ"のせいってこと?」

「そうでしょうね。トーレンのディアンヌへの想いは薄れていたもの。ヨハンとノイシュも"夢のような"経験をしたわけでしょ?確かに私はノイシュと寝たし、バグによって生じていたヨハンの感覚のズレを正してあげたけど、ぼんやりとしか覚えていないみたいね」

「…………………なっ。ね、寝た?」

「あら、聞いてなかったの。ネタバレしちゃった」


ぺろっと可愛げに舌を出すメリアはなぜか頬を赤らめてもじもじとし始めた。それを見る私の目はさぞ醒めきっていることだろう。

この先の話、もう聞きたくない、と思った。


「そう、ノイシュ程のイイ男、これまで会ったことなかった。包み込んでくれるような眼差し、時折見せる情熱的な感情、強引だけど許せる行動力……私、どうしても彼と結ばれたくなって、あなたを利用することにしたの。私のままだとトーレンに殺されちゃうから」

「………」


その話を聞いている頃にはもう、私は何も言えなくなっていた。

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