極上ショコラ〜恋愛小説家の密やかな盲愛〜
「そうじゃなくて──」

「じゃあ、篠原櫂先生!」

「あのな……ペンネームじゃなくて、本名の方だよ。言っておくけど、『知らない』とは言わせないからな」


その要望の意図がわからなくて、ますます眉間にシワを寄せたけれど……。とにかく今は、大切な原稿のために大人しく従うことにする。


葛城龍司(かつらぎりゅうじ)先生」

「“先生”は余計だ。あと、名字もいらないな」


私は、小首を傾げながらもまた口を開いた。


「……龍司、さん?」


その直後、篠原は片手で口元を隠すように押さえながら、私から視線を逸らしてしまった。


「先生、もういいでしょう? いい加減に原稿をください」

「なんか、心の底からムカつく……」

「なにがですか?」


その言葉をそっくりそのまま返したいのを堪え、私に視線を戻した彼を見上げる。


「……俺ばっかり振り回されてるから」

「……なに言ってるんですか。振り回されてるのは、私の方なんですけど」


ため息混じりに呟いた篠原に心底呆れながら返すと、彼が口元をピクリと引き攣らせた。


「お前の鈍さとバカさはギネス級だな……」


これまでの出来事とあまりにも理不尽な発言に、本気で殺意が芽生えそうになったのは言うまでもない。

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