breath
部屋は上階のようで、入ってすぐセミスウィートルームだという事がわかった
壁にはバラの花の絵画がかかっていて、ソファーなどの家具はアンティークで落ち着いた趣
リビングには大きな窓があり、そこからは車で上って来た足取りがわかるように町が見える
たぶん夜には、この風景も一枚の絵のように見えるのだろう
感激
私がバタバタ部屋中を物色している姿を樹はコーヒーを入れながら見ないようにしてくれている
すべて物色した私はソファーに座り、樹の入れてくれたコーヒーを飲む
「夕食は部屋で食べる。それまで3時間ぐらいあるけどどうする?」
「この素敵な部屋でまったりしたい」
「俺ももそうしたい」

「明日美は俺の初恋だったんだ」
暫くしてポツリと樹が言った
「いつ?」
「俺が中1の時」
「そんな時に出会ってたっけ?」
樹が中1だったら、その時の私は小学5年生
私は覚えていない
両方の母親が友達だから会ってもおかしくないけど
でも中学の時のクラブが一緒だったって
今と全然印象が違っていて、やはりその時の記憶がない
「ショッピングセンターで偶然会った」
「その時?」
「あの時は子供だったから実感はなかったけど今、振り返ってみるととあの時が初恋だったと思う。今こうして二人でいられるって奇跡だと思うし、幸せだなって思う」

そんな前に出会っていた
その日の事を全く覚えていなくて申し訳なく思う
私が樹を知ったのは入社してからで、初めて話したのは3年前のひったくり事件にあった時
あの時なぜ運ばれた病院に樹がいるのか不思議
そのうえ婚約者として同居するとか訳がわからないことを言いだし嘘のように現実になる
今から思えば笑い話にしか思えない
「3年前に比べたら私は変わりすぎた。ごめんね」
樹はクスって笑ったけど何も答えてくれない
この結婚も樹の私への懺悔の気持ちで責任を取るのだろう
初恋の相手が衝動的に親や仕事など全部捨てて悲惨な状態だから
なんとも言えない虚しさが身体中を支配する
本当にこんな私で良いのだろうか?
3年前のみたいに若くてかわいくないのに
もう樹に寄り添うしかできない私
価値はあるのか?
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