大事にされたいのは君

その場で彼のジャージを羽織ったその子はとても可愛かった。もちろん顔も可愛いのだけれど、特に雰囲気が違った。纏う空気が特別違うのだ。甘いのに力強い、熱っぽく惹きつけるようなそれは…きっと恋する気持ちが生み出す空気。彼女は瀬良君に恋をしている。

朋花ちゃんの言う通り、客観的に見て恋をしている人間は分かるのだ。あの子が瀬良君に恋しているのなら、あの子と私は同じ気持ち。彼のジャージを借りたこの一瞬が特別で、借りている間の彼との繋がりに心が湧いて、その嬉しさの分だけ返す時は名残惜しく思うのだろう。彼の名前の入ったジャージを羽織る姿なんて見たくないのに、なぜかずっと目が追ってしまう。そんなのすぐに忘れてしまいたいのに、その姿が脳裏に焼き付いてしまって離れない。

…本当に、彼女は特別な人では無いのかな。

今まで瀬良君が女子とどんな関係を築いてきていたのかが分からない。もしかしたらこれは特別な事では無かったのかもしれないけれど、自分から周りに目を向けてこなかった私にはどこまでが普通でどこからが特別なのかが分からない。そんなの、自業自得だ。この分からないモヤモヤを抱えるのは自業自得。

体育の時間が来て、更衣室から出て体育館へ向かう途中、グラウンドへ向かう瀬良君とすれ違った。何を話して良いかも分からないけれど何かアピールをしなければと、心の中で盛大に慌てる自分をひた隠しにしながらじっと無言で見つめる事しか出来なかった私に、瀬良君はにっこりと微笑んでくれた。去り際に、いつもはしない甘い香りを残して。

瀬良君が彼氏だった事なんて一度も無い。だから私達のあれこれを聞かれても、特別な存在だったのだと分かって貰える正しい答えなんて無かった。だから私の瀬良君だったのに、なんて、誰にも言えない言葉だった。

「一応吉岡さんに聞いておきたい事があるんだけど」

それは、ジャージを借りに来た例の彼女とトイレで出くわした時の事だった。

「吉岡さんと瀬良って何もないんだよね?」
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