大事にされたいのは君

そっと瀬良君から離れていく決意をした。友達にして下さいと頼んだ手前、やっぱりやめますと急に態度を変えるのもどうかと思い、そっと少しずつ消えていこうと決めたのだ。瀬良君からしたら私の態度なんてどうでもいい事かもしれないけれど、私がそんな自分勝手な振る舞いをする自分を許せなかった。だから表面的には挨拶もするし、一緒になったタイミングでは一緒にいるけれど、そっと心は閉ざした。もう見ない事にした。瀬良君の周りの関係も、瀬良君と彼女の関係も、全部全部違う世界の話。

何も見てはいけない。何も聞いてはいけない。勝手に入ってくるようになってしまった彼の情報ひとつひとつに壁を作った。その壁を作る作業に慣れ始めると、次は笑顔の作り方が上手くなった。私が笑っている分には、誰もその話題を出さない。心配される事が無いからだ。そして楽しそうに笑う事に集中すると、自然と耳に入ってくる音も減ったような気がした。笑い声が消してくれるのだ。

誰にも気づかれない、誰にも掘り起こされないまま私の傷は、私にしか分からない所に隠された。あとは忘れるだけ。そこにある事を忘れられた時、私は元の私に戻れる。ようやく本当の友達として、瀬良君と付き合っていく事が出来る。

…あと、どれだけかかるのだろう。

この息苦しさを乗り越える日々が、とても長く感じた。何故だろう、瀬良君との事を一人で抱えるのは初めてではないのに、彼に避けられ始めたあの頃よりもずっと心が重い。心がどんどん疲弊していくのが手に取るように分かる。あの頃だって私は誰にも話さなかったのに…でもあの頃は、皆が気を遣ってくれた。聞いても話さない私でも、声を掛けてくれた。あの頃と違うのは、誰にも気づかれてはいない所。誰にも、慰めて貰えない所。

…恥ずかしい。慰めて貰いたいだなんて。こんな勝手な気持ちを、人には関係の無い大した事でも無い問題を、誰にどう慰めて貰おうというのだ。そんな意味の無い事、必要無いはずなのに…

と、その時。救いを求めて彷徨った思考の中に、ふと過ぎった人が居た。

ーーお兄ちゃん。

…そうだ、お兄ちゃんにまた話してみようかな。

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