Vanilla
「帰ろう、つぐみ」
終業後、今日も朝永さんはロッカールームで着替えていた私を待っていた。
好きな人が私を待っているなんて経験は今まで無い。
今までは先に帰れば良いのになんて考えていたのに、今日一日でそんな事が嬉しいと思える自分がいて、少し戸惑う。
「頑張って」
一緒にロッカールームから出た隣に居た愛佳ちゃんはこっそり耳元にエールを残して帰っていくと、朝永さんは私へと近付き、躊躇なく手を繋いできた。
私は今までとは変化して、触れた温もりが嬉しくて鼓動が飛び跳ねるのを感じた。
「買い物してく?」
優しい声がして繋がったお互いの手を見ていた視線を上げる。
でもそこにあった顔を見ると、空しさが沸いてきた。
目が合っているのに、絡まる感覚がしない。
それに作り物の笑顔。
私のために向けられたものじゃない。
だけどこの手は離したくない。
そんな妙な感情が心の中を駆け巡っている。