王子様とブーランジェール
ちょっと前に、糸田先生が桃李について話していたことを思い出す。
《まあ、あんな母親の娘だから自尊心や自己評価が低いのも頷けるわ》
《毎日あーでもないこーでもないおまえはダメだと言われ続けてるんだろ》
《だからあんな自信なさげのヘタレになったのか》
それ、俺にも責任はあるよ…。
「…俺は、期待してたんだけどな」
「期待?」
理人は深く頷いている。
「最近の夏輝、ちょっと前に進んでるような気がしたから。桃李にあまり雷落とさなくなったし」
「…そう?」
だって、気をつけていたし。
ただ普通に嫌われたくないって…。
「まあ、ライバルいっぱい現れて焦ってるのも面白かったけど?」
「こら」
「…でも、あんなことがあって『もう関わらない』だなんて言って逃げるとか…すげえ見損なった。ゲロしゃぶチキンヤロー」
「だから、それは。どうかしてたよ俺」
ふと、理人を見ると。
目付きが鋭くなっていたのがわかった。
「…で、今度は『俺もう無理だから関わらないのをやめました!』って…どんだけ桃李を振り回せば気が済むんだよ!」
え…。
同時に立ち上がって、ガコン!と椅子を鳴らす。
突然のことなので、思わずビックリしてしまった。
急にキレポイントに入った?どこだったんだ?
「…おまえ!急にキレるな!…ビックリするだろが!」
「じゃあ、これからキレまーす。って、予告してからキレればいいのか?」
「そうじゃねえっつーの!」
ったく。瞬間湯沸し器じゃねえんだから。
すると、理人は椅子をガタガタと引きずったまま、こっちな寄ってくる。
お怒りの鋭い目付きのままのため、少し構えてしまう。
「…夏輝さ?…結局、謝れば、桃李は何でも許してくれるって思ってんだろ…?」
「は…?」
ドキッとした。
心の内を見透かされた。そんな気がした。
「ホント。手の内知っててずるい男だよ。おまえは」
「ずるいって…」
「ホント、悪いヤツだよ夏輝は。桃李、夏輝の言うことは絶対聞くし。桃李にとって、夏輝は一番だからな」
「俺が一番?一番恐いってか。そうかもな」
「………」
「ん?」
「…は?」
「え?」
「…今、俺が言ったこと、意味理解してる?」
理人が言ったこと?
(………)
「って、桃李にとって、俺は一番恐い男って…」
「…はぁっ?!…何、その情報?!」