王子様とブーランジェール
『秋緒も呼べばよかったね』
『まあでも明日模試ってたからなー。秋緒の野望の邪魔しちゃいけない。ちっぽけって本人は言うけど、実はかなりデカいよな』
『あはは。ちょっとトイレ行ってくる』
席を立って、目の前のトイレへと向かう。
すぐに出てくると、人の気配と話し声を感じて足を止めてしまった。
『やー。もうつまんなーい。二人きりになりたーい』
『わかったわかった』
トイレの裏から聞こえる。
何となく覗いてみると、そこにはあの二人がいたのだ。
夏輝と里桜ちゃん…。
何故か身を隠して覗いてしまう。
二人は、トイレの陰で寄り添って立っていた。
『夏輝くーん。イチャイチャしたいー』
『あのな…』
(………)
見たくないのに。
何故か、その光景を見続けてしまう。
胸の中の黒いもやもやが、また出てきているのに。
何故か、目を離せない。
『ねえねえー』
甘えた声を出して、里桜ちゃんは夏輝の胸にポスッと飛び込んでいる。
両腕を夏輝の首に回して、首元に顔をすりすりと埋めていた。
『おい…』
『ねぇー。ウチ、行こ?』
そのまま夏輝の頬に軽くキスをして、唇に唇を長く押し当てている。
『んっ…』
一度唇が離れるが、またすぐに二人の唇は重なって、角度を変えては何度もキスをしていた。
(………)
その光景を黙って見ている私。
一歩も動かず…いや、動けないんだ。
体が動かない。全身、鉛になったみたいに。
あの黒いもやもやが、いつの間にか全身を包んでいるようだ。
胸が…痛い。
息が、詰まる。
やがてそのキスは、舌を絡ませていて濃厚になものになっていく。
夏輝の両腕は、里桜ちゃんの体を包み込んで抱き締めていた。
(やめて…)
こんなの、見たくない。
夏輝が誰かとキスをしているところなんて。
見たくない。
なのに、体が動かない…。
『あっ…』
里桜ちゃんの妖艶めいた声がする。
今度は夏輝が、里桜ちゃんの首元や浴衣のはだけた胸元に…キスをしている。
抱き締めた腕は…体を触っている。
その度に、里桜ちゃんは声を漏らす。
(やめて…)
お願い。やめて。
本当に、やめて。
里桜ちゃんばかり、見ないで。
他の女の子を、愛さないで。
胸が抉られるように、痛い。
息が詰まって苦しい。吐きそう。
体も重い。動かない。
目の前が真っ暗になりそう。
『…やべっ…浴衣、そそられる』
やめて…!