王子様とブーランジェール
『バカあんた?!私が夏輝くんと付き合ってたからって、僻まないでよ!あんたみたいな眼鏡ブスにはムリだろうけどぉっ?!』
『うるさいぃぃっ!消えろおぉぉぉっ!おまえなんか嫌いだ!…嫌いだぁぁっ!』
『きゃっ!…もうっ!何なのよこのブス!急にキレ出してマジキモい!』
そう言って、里桜ちゃんは店の外へと走って逃げる。
あっという間に姿が見えなくなり、店のドアがパカパカと開いたままになっていた。
彼女のいなくなった方向を向いたまま、その場に立ち尽くす。
目の前にターゲットがいなくなり、自然とホウキを降ろした。
息は上がっており、胸が苦しい。
そんな中、フラフラとやっとの思いで店のドアを閉める。
呼吸が乱れて、落ち着かない。
苦しい。酸欠で頭がクラクラする。
今、私に何が起こったんだろう。
何でこんなに怒ったんだろう。
無意識にやらかしてしまった自分の暴挙に、茫然となる。
考えてみれば…こんなに怒ったの、初めてかもしんない。
死んでとか消えろって、人に言ったの、初めてかもしんない。
怒るのって、疲れるね…。
力を使い果たしたのか、力が抜けて、へなへなと座り込んでしまう。
座ってもいられなくて、その場にパタッと倒れ込んでしまった。
黒いもやもや…感情に支配されてしまった。
我慢していた怒りが爆発すると、こんなことになるんだ。
そもそも、私は何で怒ったんだろう。
夏輝と釣り合わないだとか、天パ眼鏡ブス地味ダサ子とか、自分でも納得していたし、今に始まったことじゃない。
夏輝と里桜ちゃんとの関係を僻んでいたとか、パンを焼いて気を引こうとしていたとか…。
(………)
…あぁ、実はそうだったのかもしれない。
それを、抉られるように言葉として突きつけられたから。
だから、カッとなってしまったのだろうか。
(あぁ…)
まさか、自分がこんなに激昂できるとは、思わなかった。
今までにお会いしたことのない自分に、出会ってしまった。
こんな自分が、自分の中にいただなんて。
…ちょっと、恐怖だ。
自分が怖い。
この事は、自分の心の中に納めてしまっておこう…。
秋緒や理人には、絶対に言えない…。
それ以来、この『黒い感情』は、私自身の中に封印されることになる。
真っ暗いパンドラの箱として。