御曹司様の求愛から逃れられません!
「……一体何があったんですか?」

樫木さんは体調が悪くてこうなっているわけではないらしい。なぜ分かるかというと、彼のメガネの奥の細い目から、大粒の涙が滝となって流れ出しているからだ。

人がいなくなって、ついでに私が声をかけたせいで感情が爆発したらしい。私もこの人を見かける前まではこんな気持ちだったんだけど、泣きじゃくる男の人を目の前にしてそれどころではなくなった。

……にしても、あの厳格で威圧感のあった樫木さんが、こうも変わるものかね……。

「……貴女に話したって仕方ないんですよ、園川真夏さん。僕はもう……もう……」

「樫木さん……?」

「僕はもうダメなんだああ〜!!」

「お、お、落ち着いてくださいっ……!」

さらに十分後にまた電車が来るため、すでにホームには数人が降りてきている。エリートの大号泣に皆ちらちらと視線を向けてくるし、このまま人が集まってきたら大変だ。それに私も恥ずかしいし……。

「樫木さん!場所移動しましょう!ね、お話聞きますから!」

彼の降り曲がった背中に手を添えながら、立ち上がらせてホームの階段を上がる。ハンカチを渡して顔を隠すように言うと、彼はそれで鼻水までかみ始めた。

とりあえず、このまま駅前の喫茶店にでも入ろうか。……いや、それでも同じだ。見せ物になる。どこか個室に入らないと……。
私は樫木さんを駅前の居酒屋へと押し込むと、ふたりで隠れるように個室へと案内してもらった。
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