片翼の蝶
どうしてそんなこと……。
目で問うと、真紀は
小さく微笑んで目を伏せた。
〈お願い。彼との交換日記、
終わらせたくないの〉
一旦整理しよう。
真紀はつい先日、
交通事故に遭って死んでしまった。
それによって彼との交換日記を
続けられなくなってしまった。
死んだことを知らない彼は
真紀からの交換日記を待っている。
だから交換日記を書きたいわけだけど、
死んでしまったことを伏せて
なりすまして書いてほしいと……
こういうこと。
でも、そんなことして
どうするつもりなんだろう。
死んだことを告げずになりすまして日記を書くということは、
これから先もずっと続けるということ。
そんなこと、私は出来ないよ。
私は日記に目を落とした。
男の子の字をなぞる。
決して上手いとは言えない文字だったけれど、
どこか真っ直ぐな感じがした。
〈その男、誰かくらい分かるだろう。
幽霊になったんだから〉
それまで黙っていた珀が真紀に向けてそう言った。
真紀を見ると、真紀は眸を揺らして珀を見ていた。
それから俯いて、微かに笑う。
〈そうだけどでも、嫌なの。
知ると未練が残りそうで、怖いの。
ここへ来たのも、死んでから今日で初めてなの〉
〈へぇ。でも交換日記を続けたいっていうのも未練だろ。
どっちにしたって結局一緒だろ〉
確かに珀の言う通りだ。
日記を続けたいという未練が残っているなら、
別にこの日記の相手を知ったって問題はないはず。
それでも怖いというのはどうしてだろう。
〈お願い。何も言わずに私の頼みを聞いて!〉
「私は、一度ならいいけど、でも……」
〈面倒なら断れ。中途半端だと
こいつもかわいそうだろ〉
「でも、それじゃあ真紀は」
〈やるなら最後までやれって言ってんだ〉
珀に言われて、私はごくりと唾を飲んだ。
やるしかないのかも。
私はため息を吐いて席に座り、
カバンからペンを取り出した。
「で、なんて書くの?」
〈書いてくれるの?〉
「うん。ちょっとだけだからね」
〈ありがとう〉
真紀は嬉しそうに顔を綻ばせると、
コホンと一つ咳をして口を開いた。
私はその言葉を漏らさないように
そのノートに書いていった。