片翼の蝶



―〇月×日 △曜日 天気は晴れ。
 ずっと書けなくてごめんなさい。
 風邪を引いて調子が悪かったの。
 サッカー、すごいわね。
 私はサッカーを観るのが好きだから、
 もしかしたらあなたに会っているかもしれないわね。
 サッカーが大好きだってこと、すごく伝わってくる!
 
 何かに一生懸命になれるのってすごいことだと思う。
 これからも頑張ってね。
 
 私の昨日はいつもと変わらないかな。
 いつも通り友達とお喋りして、買い物して、
 そして家に帰って勉強してたよ。
 
 ごめんね。私もあなたのことが知りたい。
 でももう少し待って。
 今はまだ、このまま交換日記を続けましょう。







〈ほんとに笑える。こんなの、偽物よ〉


話し終えて、真紀は自嘲気味に鼻で笑った。


何がそんなにおかしいのか、
首を傾げて真紀を見ると、
真紀は私の視線に気付いて笑った。


〈本当のあたしは、こんなんじゃないのよ。
 サッカーなんか好きじゃないし、
 お喋りしたり買い物する友達だっていない。
 勉強なんかしないし、成績だってよくない。
 全部作り上げたあたしなの〉


「どうして、本当のあなたのことを書かないの?」


〈だって本当の私は、何も持っていないから。
 そんな女と交換日記をしたってつまらないでしょう〉


ふふっと笑う真紀を見て、胸が苦しくなった。


何も持っていない自分を偽り続けることって、
そうそう容易いものじゃない。


どんな思いでこの日記を書いていたんだろう。


私だったら苦しくなって、
やめちゃうかもしれない。


プレッシャーに押し潰されて、
書けなくなってしまうかもしれない。


「あなたのこと、話してみればいいのに」


〈ダメよ。そんなことしたら彼、
 もう交換日記を続けなくなってしまうもの〉


〈茜に続けさせて、何になる?〉


珀は間に入るようにそう言い放った。


真紀は口を噤んで唇を引き結ぶ。


〈本当のことを言わないと辛くなるだけだぞ〉


〈分かっているわ。でももう少しだけ。
 もう少し、もう少しだけ……〉


切なげに、苦しそうにそう呟く真紀を見て、
私はため息をついた。


「これを、ここに入れておけばいいのね?」


〈え、ええ。ありがとう〉


「珀。帰るよ」


〈……おう〉


私はペンをカバンにしまい立ち上がると、
教室を出ようと机を避けながら扉に向かった。


扉に手をかけると、真紀が息を吸い込んだ。


〈また、来てね〉


「うん」


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