片翼の蝶
「顔も名前も知らない人と
交換日記をするなんて変だよ。
お互いのことを知りたいと思えるのが普通じゃない?
男の子の方も知りたがっていたみたいだしさ」
〈そんなの、真紀の勝手だろう〉
「でも、いいのかなぁ。
自分のこと知ってもらわなくて。
せめて知ってほしいよね」
〈さあな。俺だったら
真紀の気持ちも分からないでもない〉
私はそんなことを言う珀を見つめた。
珀は目を閉じて、仰向けに寝転がっている。
美しいまつ毛が下りていて、
つい目元に意識がいってしまう。
私が何も言わないでいると、
珀は目を開けて天井を見つめた。
目が合わないように慌てて視線を逸らす。
〈まあ、男は続けられればそれでいいんだろう。
そんなこと気にするな〉
よいしょ、と体を起こして、珀は私を見た。
私はペンをくるくる回しながら
机の上のノートを見つめた。
〈さあ、続きを書くぞ〉
「うん」
珀は私の隣に来て、言葉を並べ始めた。
ページを捲って、新しいページに続きを書いていく。
思えば珀と私のこの作業も、
真紀に頼まれて書いているのと同じだ。
私じゃない誰かの言葉を私が代筆する。
その作業は変わらないはずなのに、
真紀の頼みは私にとって苦しいものになる。
誰かの強い気持ちを書き表すのってすごく胸が詰まる。
触れてはいけないような部分に触れている気がして、
罪悪感を感じる。
それとは対照的に珀とのこの作業はとても楽しい。
私の言葉じゃないのに、私の物語が
形になっていく様を見ているのはとても気分がいい。
珀の言葉には私の夢や願いが詰まっているからなのかな。
同じ代筆でも全く違う。
私はこうして好きなことをしているのが一番いい。
幽霊なんかの頼みを軽々しく引き受けた自分を呪いたい。
真紀のことを頭の片隅に追いやって、
私は物語を書くのに集中した。
集中し過ぎて、朝になるのも気付かないまま。
手が真っ黒になっているのに気付いて、
その手を光に翳した。
私は、一体なんのために文字を綴るのだろう。